河北春秋

 いにしえの人はみちのくに憧れを抱いていたと思われる。名取川はよく歌枕に詠まれた。古今和歌集に<名取川瀬々の埋もれ木あらはれば いかにせむとかあひ見そめけん>。二人の間が知れたら恋はどうなるか。淡い心をまだ見ぬせせらぎに映す▼名取市をはじめ、東北に大きな爪痕を残した大震災からことしで5年となる。復興への祈りをテーマにした能『名取ノ老女』が、震災のあった3月に東京の国立能楽堂で上演される。人間国宝の観世流・梅若玄祥さんが演じる▼紀州熊野三社を信仰する名取の女性が年老いて参詣できなくなるという言い伝えに基づく。女性は住む地に勧請し、熊野新宮など三社を建てる。それは、ある山伏の励ましがあったからこそ。「道は遠く時は過ぎても共に歩もう」と歌を手渡したとされる▼海の方を指し、「あれが朝日昇る閖上の浜よ」など原典にない場面も加えられる。能を大成した世阿弥のおいが550年前に舞ったと伝わるだけ。往時のイメージを膨らませ、稽古に励んでいよう▼熊野三社はいまも丘陵地にあって古里を見守る。世阿弥の『風姿花伝』に「芸は種をまくようなもの。種さえあればきっと花は咲く。返す返すも初心忘るべからず」。たおやかな老女にあやかり、新しい年を希望へとつなげよう。(2016.1.1) 


2016年01月01日金曜日

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