河北春秋

 「官吏」。戦前、霞が関の文官、武官はこう呼ばれた。大日本帝国憲法下、任官大権を有する天皇のため「忠順無定量」に奉仕し、国民から見れば雲の上の存在だった。戦時中の総力戦体制をも支えた官吏たちの中に、自らの良心で行動した人もいた▼杉原千畝(ちうね)。リトアニア領事館在任中、難民を入国させたくない外務省の意向に反し、ユダヤ人数千人に独断でビザを発給した。ただし法を守り、本国が受け入れるほかないような官吏の知恵で人道を貫いた▼「命のビザ」と世界で称賛される杉原の現地記念館を1月半ばに訪ね、「同じ日本人として誇りに思う」と語ったのが安倍晋三首相。2カ月後、現代の官吏が絡む異常事態が明るみに出た。学校法人「森友学園」に格安で払い下げられた国有地を巡り、財務省の決裁文書が改ざんされていた問題▼学園とのつながりが報じられた首相夫人や政治家らの名前、交渉経過でのやりとりの記述も原本の改ざん後に消えた。「組織ぐるみ」との見方や違法性も指摘される▼官吏は戦後、公務員と名を変え、憲法で「全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」と国民本位に定められた。「国民のため」の使命感、責任感が行動原理であり信頼の原点だった。では今、誰のための奉仕者になっているのか。(2018.3.14) 


2018年03月14日水曜日


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