社説
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夫婦同姓合憲/性差別解消へなお努力必要

 夫婦は同姓を名乗ると定めた民法の規定をめぐる訴訟で最高裁大法廷がきのう、初めて合憲の判断を下した。
 事実上女性のみに改姓を強いており、憲法が保障する「法の下の平等」に反するとした原告側の主張を退けた。
 「家制度」を引きずる百年以上変わらない明治民法の同姓規定に対する批判、違和感は国内外で根強く残る。
 判決は結論として時代の要請をくみ取らない内容に終わったが、制度の在り方は国会で論じられるべき課題と指摘しており、見直しの議論まで否定したものではない。
 同時に審理した再婚禁止期間の規定については、「女性に対する必要以上の制約」という原告側の主張を認め、違憲の判断を示した。
 2013年に婚外子の遺産相続差別訴訟で違憲判決を下した際も、最高裁は家族観の変化を挙げて、古い規定の合理性を否定している。
 夫婦や家族に関する法的な課題を時代の変化に即して捉え直そうという姿勢が近年顕著だっただけに、同姓規定での慎重判断は残念だが、あくまで現段階で示せる法解釈上の判断ということだろう。
 最高裁は違憲判断の再婚禁止期間も含めて、法改正に取り組まなかった国会の不作為は認めず、賠償請求を退けたが、「怠慢」と指摘されて当然の不誠実な対応を繰り返してきた事実を、国会は真摯(しんし)に反省する必要がある。
 法制審議会は1996年の時点で、同姓規定の廃止と選択的夫婦別姓の導入、再婚禁止期間規定の見直しを答申している。国連の女性差別撤廃委員会なども両規定の廃止をたびたび勧告してきた。
 両規定については世界各国で見直しが進み、同姓義務は日本だけになった。20年近く答申を放置し、性差別の批判がある規定の議論や取り組みを停滞させた責任は重い。
 違憲判決が出た再婚禁止期間規定の速やかな改正を進めるのは当然として、夫婦同姓規定についても引き続き、民意を反映した制度の在り方を探る努力が迫られている。
 司法の判断にかかわらず、人権を重視した性差別のない社会を目指して議論を尽くし、必要な見直しを検討する役割は、国会こそが担うという自覚を再確認すべきだ。
 夫婦別姓については、世論が二分していることや通称使用容認の動きが広がっていることなどを挙げて必要性を否定する意見もある。
 最高裁判決も通称使用で改姓の不利益は緩和されているとの見方を示したが、具体的に改姓に伴う手続き上の不利益や精神的負担、苦痛を訴える人がいる実態を放置するわけにはいかない。選択の要求は当然の流れだろう。
 同性婚をめぐる動きが社会的関心事になるなど結婚観や家族観は大きく変化した。多様な生き方を選択する自由を社会がどう支えるか、という視点が重みを増している。
 伝統や秩序の維持といったぼんやりした価値観で、性差別を温存し個人の自由を抑え込む時代は過ぎつつある。
 法改正以外にも、可能な見直しに速やかに取り組む姿勢が社会全体に求められていることを忘れてはならない。


2015年12月17日木曜日

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