社説
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教育への公的支出/投資の視点で拡充の議論を

 過分なコストであれば切り込みは当然だが、不可欠の投資ならば拡充が必須になる。
 見極めの要点は、未来の基盤につながるかどうか。とりわけ教育分野への支出については、コストと投資の分別を間違えてはなるまい。
 来年度予算編成をめぐり財務省と文部科学省との間で繰り広げられた攻防は、「教育立国」を掲げるこの国の姿勢が定まらないままであることを印象づけるものだった。
 財務省は、少子化による児童生徒の減少を根拠に公立小中学校の教職員定数を約5%削減できると主張した。さらに、国立大に対する補助金の運営交付金を毎年1%ずつ削減する方針を示した。
 文科省はじめ教育界は一斉に反発し、学校を取り巻く問題が複雑化し、教職員の疲弊が深刻化する中ではいじめ問題などへの対応で政策的に配置する「加配定数」はむしろ増やすべきだ、と主張。
 国立大の交付金についても、既に過去10年にわたり減額が続き、これ以上の削減は教育水準と研究水準の低下につながると、強く反対した。
 とりあえず来年度は教職員定数を全体で削減しつつ加配定数を増やし、交付金は維持する方向で折り合ったが、両省ともに目前の数字の調整に精いっぱいだった感がある。根底に据えて議論すべき投資の視点が脇に置かれたままだったことは残念でならない。
 経済協力開発機構(OECD)の最新まとめで、国内総生産(GDP)に占める教育機関への公的支出の割合が日本は3.5%にとどまり、加盟国平均の4.7%を下回った(2012年)。これで6年連続の最下位。国情の違いなどを考慮しても、誇れる水準にないことは明らかだ。
 特に幼児教育と大学など高等教育への支出水準が低く、高等教育での私費負担はOECD平均の2倍以上に上っている。国として十分な支出を怠っている証しだろう。
 ほかならぬ政府の教育再生実行会議が、世界的には公的支出を増額する流れにあることを強調しながら、「教育支出をコストと考えず、未来への先行投資と位置付けて充実を図るべきだ」とする提言を7月にまとめている。
 大学生への公的支出は、所得向上による税収増などにより2.4倍の社会的便益をもたらす、という国立教育政策研究所の試算がある。
 日本財団が先月発表した推計も興味深い。国などが貧困対策を放置し、高校進学率と中退率を改善して大学進学率を上げる支援をしなかった場合、15歳の子ども1学年分だけで社会が被る経済的損失は2兆9千億円に上り、政府には1兆1千億円の財政負担が生じる、という内容だ。
 格差社会の是正や犯罪抑止などの観点からも、投資としての教育支出の重みはかねて指摘されてきたところであり、あらためて整理、統合した議論が求められている。
 教育再生実行会議も提言で触れたように、教育投資を安定的に拡充するのであれば税と連動した財源論議も必要になる。財務、文科両省間で予算時の攻防を繰り返しているだけでは済まない問題であることを確認しておきたい。


2015年12月23日水曜日

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