社説

歴史の岐路に立って/未来の扉、開くのは私たち

 「未来との対話」を本格化させる幕開けの年と位置付けたい。誠実に歴史に向き合う「過去との対話」を大事にしつつ、抱える根本課題を見つめ、全ての人の命が輝く社会への地歩を固める、という意味である。
 戦後、経済優先の国造りで多くの成果を手にしてきた。ただ近年、経済のグローバル化を受けて効率や速さを極度に求める市場主義に傾斜。そうした思想が広範な分野に浸透し、公平・公正の確保が危ぶまれる状況にある。政治にまで及び、民主主義の土台がぐらついてもいる。
 歴史の大きな岐路に立つ今、価値観を問い直し、進むべき社会のありようを探らねばならない。主導する政治のありようもまた掘り下げねばならない。
 大方、既に気付いていよう。
 さらなる物的豊かさの追求が幸せを完全には保障してくれず、市場に最適の解を委ねた新自由主義経済体制の下、非人間的な働き方を強いられ、福祉や教育の格差を広げ生存基盤が脅かされていることを。極端な経済格差や宗教を含めた偏見・差別が国際社会の安定を損ね、国内に跳ね返りかねないことも。
 混沌(こんとん)とした社会が向かう先が見えず、生活防衛意識も加わり、旧来の価値基準、仕組みにしがみ付きがちだ。政治はむしろ、押しとどめるふうである。
 世界的な経営学者ドラッカーは指摘する。日本の成功体験が知識社会移行など、大転換期への対応を難しくしている、と。
 工業社会に適した従来の手法にこだわり、そのことが新たな成長の足かせになる理屈だ。
 現行の経済体制は社会を豊かにもし、ゆがめもする。政治が適正な管理を欠けば、自然と人間の破壊を招く。豊かさと貧困の二つの過剰が個人でも地域、国でもあらわになっている。
 意識は社会を規定する。手に余るとして思考停止に陥ってはならない。政治は成長に固執し制御を緩める方向にある。政治参加の質を高めていかなければ、社会的矛盾は温存され、持続的な安定と繁栄を築けまい。
 安倍政権は「1億総活躍社会」を看板政策に掲げる。ばらまきとハコモノ事業の予算化が目立ち、人への投資はもたつく。もう一つの看板「地方創生」も従来の発想の域を出ない。
 人口減少と所有欲求の減退という低成長の根本要因を直視せず、目先の企業利益に固執、個人や地方を二の次にして国際競争をしのごうとすれば、社会の基盤を崩すことになろう。
 いびつな発展に伴う人口移動で社会との縁が薄れ、雇用の変質で会社との縁も細る。家族の絆も揺らいでいる。分断から連帯へ、個人の存在欲求に応えた関係の結び直しが要る。自然や都市と地方もしかりである。
 希望の芽はある。一部の若者は政治意識を高め、NPOが市民権を得て、社会的な課題解決を目的にしたソーシャルビジネスも広がりだしている。哲学者の内山節・元立教大大学院教授が指摘する、市場原理を超えた半市場経済の動きである。
 財政学の神野直彦東大名誉教授は、人を手段から目的に位置付け直し、共生意識を基盤に据えた「人間国家」を提唱する。
 多様で豊かな生き方と参加が保障される社会の創造へ。成長から成熟に向かう未来の扉を押し開く時である。心奪われるスマートフォンを、ときに脇に置いて、私事から目を転じ、思索を深め、一歩、前へ、である。


2016年01月01日金曜日

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