社説
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老人ホーム殺人/介護現場の課題注視を

 介護の世話をする職員が高齢の入所者をベランダから投げ落として死なせる。容疑が事実であれば、なんともおぞましく深刻な事件になる。
 川崎市の介護付き有料老人ホームで、当時87歳の入所者をベランダから投げ落として殺害したとして、23歳の元職員の男が神奈川県警に殺人容疑で逮捕された。
 ほかに2人の不審な転落死があり、元職員は関与を認めているという。連続殺人の可能性があり、動機を中心に今後の捜査が注視される。
 犯行の異常さが際立つとしても、特異なケースと受け止めるだけでは済まない事件であることに目を向けたい。
 高齢者介護施設の入所者に対する職員らの虐待が全国的に急増する中で、今回の悲惨な事件は起きている。
 厚生労働省が今月初めにまとめた2014年度の虐待は過去最多の300件で、2年間で倍増した。密室での出来事のため潜在化する虐待はさらに増えるとみられる。
 介護施設全般がどんな問題を抱え、職員の不祥事はなぜ繰り返されているのか。
 国や自治体の監査や指導の在り方も含め、施設介護の実情に関心を深める方向で、事件の背景にある課題を注意深く見ていく必要がある。
 川崎市のこの老人ホームでは14年11〜12月に相次いだ3人の転落死だけでなく、職員による暴行、暴言などの虐待が相次いでいた。
 一連の不祥事を受け、厚労省は昨年11月、運営する大手介護サービス会社に業務改善勧告を出している。川崎市は施設に介護報酬請求3カ月停止の行政処分を下した。
 運営や職員教育に日常的に課題を抱えており、入所者を投げ落とすという異常な事件も、構造的な欠陥の延長上に位置づけられる。虐待の把握と対策はその点でも急務と捉えなければならない。
 全国まとめによると、虐待した職員は30歳未満が最も多く、虐待された入所者の大半は認知症の高齢者だった。
 認知症対応では徘徊(はいかい)や妄想など特有の症状に対処する知識や技術が必要だが、施設職員には認知症に特化した研修は義務化されていない。
 負担と責任が重い仕事でありながら月収は平均22万円程度で、全産業平均とは10万円以上の開きがある。慢性的な職員不足や重労働の中で若い職員が余裕を失い、ストレスのはけ口が高齢者に向けられるケースが多いという。
 虐待行為を個人的な資質の問題として片付けず、介護業界や組織、あるいは社会が抱える矛盾の現れとして受け止めなければ、根にある課題は解決しないだろう。
 虐待を防ぐためには、一歩手前の「不適切なケア」の段階から、組織やチームとして問題を共有することが大切とされている。早期発見と地域ネットワークによる積極的な介入は、虐待の先にある今回の事件のような深刻な事案を防止する一歩にもなる。
 高齢者虐待防止法が施行されて4月で10年。家族や親族による虐待も依然年間1万5千件を超す高水準が続く。
 介護する側への支援強化も含めて、社会全体に一段の努力が求められている。


2016年02月17日水曜日

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