河北新報特集紙面2012

2012年9月24日 河北新報掲載

vol.4 「物」を通じ  心をやりとり。

「今できることプロジェクト」とは、市民の皆さん、企業・団体の皆さん、河北新報社が一緒になって、これからの被災地・被災者支援のあり方を考え、具体的なアクションへとつなげていくプロジェクトです。紙面では毎回、実際に行われている支援の事例を、いくつかの支援スタイルに分けて取り上げ、支援する立場の人と支援を受ける立場の人、双方の生の声をご紹介します。
今回のテーマは、商品を買うことが被災者の雇用や被災地の復興につながる「商品購入型支援」です。

「石巻工房」の家具を購入した仙台市青葉区の医師 佐藤隆裕さん(40)

いつもの買い物が支援に 製品としてもお気に入り

被災地を少しだけ思い出して買う物を選ぶ。普段の暮らしの中でできる支援です。

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今年6月、雨風に強く、外で使える大きな木のテーブルを買いました。石巻市で被災した人たちが働く「石巻工房」の製品です。
わたしは仕事で訪問診療をしています。震災後は患者さんが非常に動揺し、体調を崩す人が多かった。仕事に専念しなければならず、特別なことはできませんでしたが、石巻市や気仙沼市の病院に勤めたこともあり、現地が気にかかっていました。
そんなときに工房の製品を知りました。自宅の屋上に置くテーブルを探していたところでした。丈夫で値段も手ごろな上、支払ったお金が復興支援になる。支援企業の家具職人が地元の人に製作技術を教え、自立を助ける仕組みも素晴らしいと感じました。
注文のために工房に行くと、どこかで見覚えのある顔が。工房長は、むかし何度か行ったことのある寿司屋の職人さんだったんです。知り合いではありませんでしたが、無事に再会できたことが本当に嬉しくて。どうしているか分からない知人も多いですから。
被災地のみなさんには、自分たちなりの方法で復興に向かってほしいと願っています。思うようにやってみて、それで楽しく過ごしてもらえれば何よりですね。
テーブルは木の質感が良く、家族はみんな気に入っています。先月はちゃぶ台も買いました。次は道路においてみんなで座れるベンチかな、と話しています。

石巻工房の工房長 石巻市中央 千葉隆博さん(40)

自分たちでお金を稼ぐ 経済を回して自立復興へ

支援製品の売り上げが、被災者の雇用や被災地の自立的な経済復興につながっています。

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工房でベンチやテーブルなどを作っています。雨風に強く、水に濡れても腐らないレッドシダーという木を使っているんですよ。あえてふしが残っているものを材料に使うので、値段も抑えられています。頑丈で外置き用にはもってこいです。工房ではほかに県外からやって来た若者3人が働いています。
わたしは石巻市の中心部で両親と寿司屋を営んでいました。津波で店が壊され、母親を亡くしました。母のいない店を再建する気にもなれずにいた昨年秋、工房で働かないかと誘われたんです。いまは毎日仕事をしても飽きないぐらい楽しいですよ。
もともと誰にでも作れるようにデザインされた家具です。簡単で、特殊な工具も要りません。わたし自身、素人に毛が生えた程度の腕です。それでも「被災地支援の製品だから、品質は求められない」という段階は過ぎました。現に、支援の目的だけで購入する人は減っています。被災地だからという甘えは捨てないといけない。まずは少しずつ製品の質を上げていかないと、と思っています。
被災者自身がお金を稼ぎ、地元で経済を回していけるようにならなければ復興にはつながりません。そのためには元の産業を復旧させるだけでなく、新しい産業を興こす必要があります。石巻工房はその一つとして、外置き家具のブランドを作っていきたいですね。

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◎自立復興を目指して開設された〔石巻工房〕

地元の人々が誇りを持って自立し、復興するきっかけをつくる「ものづくりのための場」として、建築やデザインにかかわる支援者らによって昨年開設されました。売り上げはスタッフの人件費などにあてられています。石巻市を「新しいまちへとバージョンアップさせる」ことを目的に、2011年6月に設立された一般社団法人「ISHINOMAKI 2.0」によるプロジェクトの一つです。

ほかにも、商品を買ったり、使ったりすることで、被災者の雇用や被災地の復興につながる支援事例があります。県内から3件紹介します。

  1. 1女川カレーBOOK(宮城県女川町) 問い合わせ先:女川商工会〔電話 0225-53-3310〕
    震災後、炊き出しで作られていた特別ブレンドのスパイスカレーのキットを商品化した。町内に製造所があり、被災者の雇用につなげる。
  2. 2モビーディック社のアクセサリー(石巻市) 問い合わせ先:モビーディック社〔電話 0225-75-2880〕
    ウェットスーツの端切れを使ったペットボトルケースや携帯電話ケースを販売。仮設住宅で暮らす被災者に一部製作を委託している。
  3. 3わたりのFUGURO(ふぐろ)(宮城県亘理町) 問い合わせ先:てしごとプロジェクト〔電話 090-2888-9254〕
    亘理町の女性らが古い着物の生地を再利用して巾着袋を作っている。古くなった着物や反物を募集している。
vol.4 地域の「いいね」を実現する場に

今回取材した石巻工房は、「ISHINOMAKI2.0」(石巻にーてんぜろ)という一般社団法人が取り組んでいるプロジェクトの一つです。
ISHINOMAKI2.0は、大きな被害を受けた石巻をただ以前の状態に戻すのではなく、「新しい街へとバージョンアップさせていこう」という思いを込めて2011年6月に設立されました。地元の商店主やNPO関係者に加え、東京の建築家やまちづくり研究者、デザイナー、学生など地域も能力も多様な人々が参加しています。地域に残された資源を生かしながら、新しい視点を取り入れて前より素敵な街を作り上げていこうとさまざまな取り組みを進めてきました。
まずは、誰もが利用できるビジネスカフェ「IRORI石巻」の運営。無線LAN環境やお茶飲み空間(コーヒーが一日300円で飲み放題)が整っていて、外から来た人が仕事をしたり、石巻の情報を得たりしやすいように工夫されています。

IRORI石巻

また、震災後の宿泊拠点の不足に対応した「復興民泊」もユニークです。もともと有効活用できていなかった民家の空室をリノベーションし、ボランティアや観光客が滞在できる部屋として生まれ変わらせました。宿泊代のうち一部を義捐金としてオーナーに還元しており、いまでは月平均80人以上が利用しているそうです。
ほかの活動も「復興Bar」やツアー、ラジオ、フリーペーパーづくりと、紹介しきれないぐらい。どれも素晴らしいのは、被災者の立場に立ちながら、地域外の視点を入れてこれまでなかった取り組みになっている点。さらに、みんなが「こうだったらいいよね」というアイデアを素早く実現している点です。メンバー自身が楽しんで活動していることが分かります。結果、多くの人がわくわくするプロジェクトがたくさん生まれているのです。
石巻工房ももともと、「工房があって基本の技術を身に付けてもらうことができれば、自宅の簡単な修繕ぐらいは自分でできるようになるのでは?」という単純な思いからスタートしたそうです。いまではそのニーズも減り、家具の製造と販売がメーンになりました。
工房長の千葉さんは「いつか寿司屋に戻る日が来るかもしれないけれど、いまは仕事をしているのが一番楽しい」と言います。手づくりした家具をお客さんが使って喜んでくれるのも嬉しいし、ちょっとしたことで街の人の役に立てるのが嬉しい。取材した当日も、ひょっこりやって来た近所のおばさんの、作業用の台をささっと作ってあげたり。そんな毎日が楽しくて仕方がないのだそうです。

住民に踏み台を作る

被災地に仕事を作り、被災者の雇用につなげることはもちろん大切。ですが、被災者だって仕事を選ぶ権利があります。その仕事に愛着を持てるかどうか、その仕事によって新しい街づくりに貢献できるかどうかという点も、選択の際の指標になります。
まだまだ広がっていきそうなISINOMAKI2.0の取り組み。これからも目が離せません。

(鈴木 美智代)