第18回新聞記事コンクール入賞作発表

復興へ身近な気付き 多様な視点から鋭く

 東北の小中高校生が、身の回りの出来事を調べたり、世の中の動きを題材にしたりして記事や論説に書いた第18回新聞記事コンクール(河北新報社主催、東北6県教育委員会、仙台市教育委員会後援)の入賞作品が決まった。今回は宮城、山形、秋田の3県から873点の応募があり、震災復興をはじめロンドン五輪、領土問題、いじめ、消費税増税などのテーマが目立った。審査は、論旨が一貫しているか、体験や取材に基づいているか、ニュース性があるか−を基準に行った。最高賞の河北新報社賞と主な入賞作品を紹介する。

河北新報社賞 「本当の復興とは人々の心のケアである」
宮城県泉高1年・近江谷愛架さん
論説委員長賞 「せんそうとげんぱつ」 
仙台市上杉山通小1年・岡野奏音さん
「見えない凶器」
気仙沼市新月中2年・茂木ひなたさん
「人とつながるボランティア」
聖ドミニコ学院高3年・岡田優紀さん
編集局長賞 「あいさつで優しい心に美しい心に」
石巻市湊二小6年・佐藤映瑠さん
「震災から1年と5ヵ月目にして気付いたこと」  
尚絅学院中3年・佐藤瑞己君
「ただ捨てるのは『もったいない』」
宮城県古川黎明高1年・石田智子さん
優秀賞/佳作
講 評/共感こそがペンの力に

河北新報社賞

「本当の復興とは人々の心のケアである」 宮城県泉高1年・近江谷愛架さん

 昨年の東日本大震災で大きな津波が東北を襲った。その際に気仙沼市に打ち上げられたままになっている大型漁船について、市は対応に追われている。アンケートで観光客の7割は保存を希望しているが、これは撤去すべきだ。なぜならこの大型漁船を被災者が見たら、あの震災のつらい記憶を呼び起こしてしまうからである。

 先日、私はこの大型漁船を実際に目にした。船の下には車が押しつぶされたままになっていた。既に取り出されているが、船の下には遺体も何体かつぶされていたようだ。この様子を見れば、津波の被害がどれだけ大きいものだったかわかる。きっと、この船を保存すれば、広島の原爆ドームのように津波を後世に伝えていくことができる。しかし現在、この船の前でピースで写真を撮っている人がいるらしい。これを見た被災者はどう思うのだろうか。

 津波で被災した地を観光地にしようという意見もある。そんな人は、それが復興だと思っているのだろう。確かに、観光地として栄えれば、沈みきった町も活性化するかもしれない。しかしそれだけでは復興とは言えないはずである。被害にあった東北3県はもちろん、震災で傷ついた人の心が癒えてから初めて復興と言えるのではないかと考える。

 そうなれば、この大型漁船は撤去すべきだ。原爆ドームは、人の手で行われた戦争の反省として、もう戦争をしてはいけないと訴えている。これに対して今回の場合は、津波の被害、つまり誰のせいでもないのである。それなのに後世に伝え続けるためといって、被災者のふるさとにいつまでも残してはいけない。

 今はきっと、被災者の心のケアが何よりも大切な復興のはずだ。すぐにでもあの大型漁船を撤去し、落ち着いてきたら、後世に伝えるための対策をとるべきだ。災害を観光地にしてはいけない。日本全国を本当に復興させるためにも。

「船を目にしたとき、怖いと思った。毎日目にする人の気持ちを考えてほしい」と話す近江谷さん

◎つらい記憶取り除いて

 夏休みに気仙沼市であったバレー部の試合会場に向かう途中、顧問の先生が「見ておいたほうがいい」と、沿岸をバスで回りました。

 鹿折地区に打ち上げられた大型漁船「第18共徳丸」の周囲にはバス停や仮設商店が数軒あるだけ。まったく復興が進んでいない場所で、漁船はとても大きく見えました。

 震災後、多賀城市に住む祖母宅に行きました。祖母も家も無事でしたが、周囲の被害にショックを受けました。漁船保存の是非をめぐる記事を読み、つらい記憶を呼び起こす船を保存してはいけないと思い、原稿にしました。

 今は観光よりも、被災者のつらい記憶を取り除くほうが大切。募金ぐらいしか思いつきませんが、私もできることをしたいと思います。

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論説委員長賞

「せんそうとげんぱつ」 仙台市上杉山通小1年・岡野奏音さん

 67ねんまえ、ひろしまにげんしばくだんがおとされました。これはアメリカとにほんがせんそうをしたからです。

 わたしはせんそうのことはわかりません。あるひ、7さいでなくなったふみきちゃんのきじをみて、せんそうのこと、げんばくのこと、ほうしゃのうのことをしりたくなりました。

 きじではよしきさんとふみきちゃんきょうだいのおとうさん、おかあさんがひろしまでげんばくのひがいにあいました。このことをひばくというそうです。そして、せんそうがおわった23ねんご、ふみきちゃんがはっけつびょうでなくなりました。わたしとおなじ7さいでした。でも、わたしはふしぎでした。どうしてせんそうのときにうまれていないふみきちゃんがしんでしまったのだろう。ひばくしたのは、おとうさん、おかあさんなのにと。

 きじにはひばく2せいのことがかいてありました。よしきさんとふみきちゃんのおかあさんはひばくしゃです。そして、そのおかあさんのこどもはひばく2せいというなまえでよばれます。げんばくでは、たくさんのほうしゃのうをあびます。そのほうしゃのうがからだにのこっていて、おかあさんのおなかのなかでふみきちゃんは、はっけつびょうになりました。

 きょねんの3月11日におおきなじしんがありました。ふくしまでは、げんしりょくはつでんがこわれてしまいました。ほうしゃのうがくうきといっしょにたくさんとびました。わたしは、せんそうとじしんはちがうけれど、げんばくとげんぱつはおなじだとおもいました。

 せんそうではたくさんのひとがげんばくでかなしいおもいをしました。

 わたしたちのせいかつにはでんきがひつようです。でも、でんきのもとはげんしりょくだときいてこわくなりました。これからも、せんそうのこと、げんぱつのことをかんがえていきたいとおもいました。

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論説委員長賞

「見えない凶器」 気仙沼市新月中2年・茂木ひなたさん

 かわいそう−哀れで気の毒なさま。ふびんなさま(旺文社国語辞典より)。

 みなさんはどんな時、この言葉を使うだろうか。お金が無くてかわいそう、親がいなくてかわいそう。主に同情の意で使うと思う。しかし、時にこの「かわいそう」は相手を傷つける凶器となる。

 ある震災孤児の話だ。「私は津波で両親を亡くしました。それでも私は前を向こうとしている。そんな中でかけられる同情の言葉はどんな言葉よりもつらく感じます」

 そもそも同情の言葉というものは、相手の環境が自分より下と思ったときに出る言葉ではないだろうか。自分はお小遣いをもらう。相手はもらっていない。「かわいそう」。自分には両親がいる。相手にはいない。「かわいそう」

 少し前のドラマで、こんな言葉が有名になった。「同情するなら金をくれ」。本当にその通りだと思う。「うわべだけの優しさや、すぐ消える言葉なんていらない。本当に同情をして、かわいそうと思うのなら私を助けてくれ」。そういった思いが、この文から感じられてならない。

 「かわいそう」だけではない。知らずに人を傷つけてしまう言葉は他にもある。一つの言葉を伝えようとしても、同じ意味を持つものはたくさんある。だから日本語は難しいといわれるのだ。

 古来の日本の考え方に「言霊」というものがある。言葉には不思議な霊力があるというのだ。そう、言葉は生きている。そして、知らず知らずのうちに見えない凶器となって周りの人を傷つけるのだ。見えないものだからこそ、使う私たちは気を付けなければならない。

 言葉の大切さが見直されている近年。今こそ、私たちが使う「言葉」というものをもう一度、考えてみる時ではないだろうか。

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論説委員長賞

「人とつながるボランティア」 聖ドミニコ学院高3年・岡田優紀さん

 ボランティア活動を通してこれほど人とふれあい、社会にふれることができることはないと、この3年間で感じた。市民の方たちと直接ふれあうことで私は、自分が何も分かっていないのだと気づく体験もできた。

 私は3年間、街頭募金に力を入れてきた。雨でも暑くても声を思いっきり出して、少しでも私たちの思いが届くようにしてきたつもりだった。

 東日本大震災という大きな悲しみにくれたこの宮城県の人々に、私はいつも通り募金を呼びかけた。小さな手でお金を握りしめて私たちに思いをたくしてくれる子、「私も被災したんです」とつらい中で募金をしてくれる方、「一緒に頑張りましょう」と笑顔で応援の声をかけてくださる方。たくさんの人が思いを込めてくれて良い活動ができていると思っていた。でもそれは私の自己満足にしかすぎないと、募金活動を重ねていく中で初めて気づいた。

 つらい思いをした人が大勢いるのに私たちが何事もなかったように笑顔で募金活動をしているということを不快に思っている人も中にはいると初めて気づく体験をした。早く援助がほしいのになかなか行き届かない不満。今も苦しい思いをしているのに目の前で募金活動を笑顔でしている私たち。そんなたくさんの憤りをぶつけてくる方もいた。

 初めは正直、どうしてこんなことを言ってくるのだろうと不審に思い、ただ受け流してきた。でもそれは被災者の生の声の訴えであり、その方々の思いをふみにじることをしていたことに気づいた。家を失ってはいない私は、また家族を失ってもいない私は、根本的にその方々に寄りそえず、第三者の目で見ていたと、今さらながら感じた。

 だから私は募金活動をやめるのではなく、声や態度でつらさや悲しみをぶつけてくださった方の気持ちを私なりにしっかり受けとめながら、さらに声をはりあげて、私の今できる活動を続けていきたいと思っている。

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編集局長賞

「あいさつで優しい心に美しい心に」 石巻市湊二小6年・佐藤映瑠さん

 私たちは、毎日あいさつをしています。家族に、先生に、友達に。でも、道ばたなどですれちがう知らない人に、みなさんはあいさつをしているでしょうか。

 私は、登下校など外を出歩くとき、必ずあいさつをするようにしています。しかし、友達やあいさつをした相手の人はあいさつをしない、もしくは、しても小さな声で聞こえない、そんなことがとても多いです。最近、あいさつの大切さへの気持ちが、うすれてきているのではないでしょうか。私は、たとえ知らない人でも、あいさつは大切なので、するべきだと思います。

 あいさつが大切だと思う第1の理由は、優しい心が育つと思うからです。クラスのみんなにも「あいさつをしたり、されたりして、優しい気持ちになったことがありますか」とアンケートをとったところ、22人中、「いいえ」と答えた人は一人もいませんでした。先生にも、児童にあいさつを呼びかけるわけをうかがったところ、「幸せを築くための第一歩だから」「社会の基本だから」とおっしゃっていました。

 次に第2の理由として挙げられるのは、悪い心をとりはらうためということです。あいさつは、悪い心やいやな心をとりはらう力があると私は思います。みなさんは、スーパーなどで店員さんが、どんな人にでも元気にあいさつをするわけを知っていますか? それは、万引しようとしている人の気持ちをきれいにするためです。元気に笑顔であいさつをされたら、万引しようという気持ちは、きっとなくなるということです。このように、あいさつは悪い心をとりはらう力があるのです。

 あいさつの大切さを理解して、進んでだれにでもあいさつをするべきだというのが、私の意見です。

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編集局長賞

「震災から1年と5ヵ月目にして気付いたこと」 尚絅学院中3年・佐藤瑞己君

 東北地方をおそった未曾有の大震災から1年と5カ月。自宅から車で15分の距離で辺りは一変し、津波が残した爪痕がいまだに残っていた。そう思ったのは、お盆にお墓参りにお寺に行った時だった。

 8月14日、私は母と祖母の3人で蒲生にお墓参りに行った。そこのお墓に行ったのは、震災から2回目になる。前に行った時は辺り一面乾いた泥が地面を覆っており、土ぼこりがひどかった。だから、今回はあの時からどう変わったのか気になっていた。

 お寺に着き、周りを見渡すと、緑がたくさんあり、あのころの土ぼこりはほとんど無くなっていた。お墓に行くためにお寺の横を通ると、壁にはまだ津波の跡が残っていた。自分の身長を超える津波が残した線に、寒気がした。こんな天災が襲ったのに、よく寺を続けられるなと思いながらお墓参りをした。その後、お寺での説教までの空いた時間を利用して散歩することにした。

 私が小さいころ見た田んぼの面影はなく、ただ、草が無造作に生えているだけだった。周囲の住宅は人が住んでいる家もあれば、津波に家を持って行かれたと思われる土地もあった。いつの間にか説教の時間が迫ってきたので、急いでお寺に戻った。お坊さんが念仏を唱え終わった後、参拝に来た人たちに、お寺のことを語りだした。

 この寺は浄土真宗のため、外に親鸞の像がある。その像は津波によって後ろに倒れそうに傾いている。だが、お坊さんはこう言った。「あの像は倒れそうになっているのではなく、今まさに立ち上がろうとしているんだ」

 私は衝撃を受けた。違う見方をすれば、何か別なことに気付くということを知ったからだ。私たち人間は弱い所を持ちながら、今まであったいろいろなことに耐え、個々の弱い所を補い合い、何度も何度も復興を遂げていきたいと思った。

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編集局長賞

「ただ捨てるのは『もったいない』」 宮城県古川黎明高1年・石田智子さん

 あの悪夢のような揺れと黒く恐ろしい大津波から、早くも1年以上がたった。岩手、宮城、福島の被災3県では現在、復興に向けてさまざまな活動が行われ、その現状は良い方向へと向かっている。しかし、いまだ解決されていない深刻な問題が残っている。がれき処理だ。

 私は今年6月、高校の総合学習の一環で被災地、南三陸町へ赴いた。そこで目にしたものは、未処理のがれきの山だった。あちこちに積み上げられている家の廃材、自動車、船…。私はこのような大量のがれきに、大きな衝撃を受けた。

 では、がれき処理の問題を解決するために有効な手段とは、一体何なのであろうか。そのひとつとして、大量のがれきをただ「処分する」のではなく、それらを「利用する」という方法がある。私が訪れた南三陸町では、それが行われようとしている。

 環境事業を手掛ける企業に委託し、南三陸町の間伐材でペレットを製造する。そしてそのペレットをビニールハウスの熱源などに使うことを実験的に行う、という内容だ。これは非常に効率の良いがれきの処理方法である。被災地のがれきや廃材を除去すると同時に、地域のビジネス創出、被災地復興を成し遂げることができるからだ。まさに一石二鳥である。

 このようながれきの処理方法は、今後ますます重要になってくると私は考える。地震や台風などが頻繁に起こるわが国、日本。もちろん、それらに伴って大量のがれきが発生することもしばしばだ。そのような時に、がれきを捨てずに何か他のものに利用することで、エネルギー資源の節約にもなるだろうし、捨てる場所に困ることもないだろう。「処分」せずに「利用」するすべをもっと考えていかなくてはならないのではないだろうか。

 日本に昔から伝わってきた「もったいない」の精神。この精神をあらためて思い出し、がれきさえも捨てるのを惜しみ使うこと、これこそ問題解決の鍵である。

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優秀賞/佳作

◆優秀賞(敬称略)
佐藤俊太気仙沼市九条小6年
窪田乙花仙台市川前小4年
高橋麗桜同6年
遠藤匡仙台市上杉山通小4年
安達玲奈同4年
国重和仙台市原町小5年
逢坂幸乃宮城県七ケ浜町汐見小6年
佐藤栞宮城県大河原町大河原小6年
浮津茉裕宮城県亘理町逢隈小6年
菅原彩未登米市東郷小6年
佐藤海斗気仙沼市条南中2年
武野耕大仙台市第二中3年
渡辺拓岩沼市岩沼中3年
堀部駿太郎能代市能代二中3年
金平華乃同2年
桐越愛利咲同1年
伊藤玲奈気仙沼市新月中2年
高橋凜 仙台市第一中3年
小松陽花同3年
安達一同3年
杉原愛純聖ウルスラ学院英智高3年
土屋有佳宮城県泉高1年
原さあや同1年
井畑実結同1年
目黒沙織同1年
佐藤孝徳宮城県仙台南高1年
丸山峻亮同1年
阿部優奈宮城県古川黎明高1年
近藤智洋同1年
菅原千咲同1年
◆佳作(敬称略)
武田駿介宮城県亘理町逢隈小6年
後藤玲央登米市東和中2年
長岡愛美山形県霞城学園高T部1年
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講評

共感こそがペンの力に/審査委員長・鈴木素雄(河北新報社論説委員長)

 あの恐ろしい東日本大震災から1年7カ月がたちました。先日、大阪で新聞記者をしている知人から電話がありました。「関西では、震災のことなど話題に上らなくなりました…」と、ばつが悪そうでした。

 自分には関係がないこととして物事を眺めることを「よそに見る」と言います。どんな災害も風化は避けられませんが、被災地が「よそ」とならないように、地元の若い人たちが奮闘してくれている。第18回新聞記事コンクールの応募作品を読んでの感想です。

 入賞7点のうち6点が何らかの形で震災を取り上げました。被災を「わが事」として引き受けようという誠実な姿勢が、ひしひしと伝わってきました。共感こそがペンを動かす力となるのです。

 河北新報社賞に選ばれた『本当の復興とは人々の心のケアである』は、「震災遺構」保存の可否を論じました。議論が分かれる難しいテーマです。結論には異論もあるでしょう。それでも、読む者を引き込むのは筆者が「被災者起点」を貫いているからです。

 そうはいっても、相手の立場に立つことは言うほど簡単ではありません。『見えない凶器』は善意で発せられた言葉でも、人を傷つける場合があることを指摘。『人とつながるボランティア』は募金活動が自己満足に終わっていないか、厳しく問い掛けています。あなたたちのこまやかな心遣いはきっと、被災者に届いているはずです。

 『あいさつで優しい心に美しい心に』も、他者とのつながりがテーマです。あいさつに万引抑止効果があるとの分析、思わずうなってしまいました。

 文章を書く上で留意したいポイントを一つ。それは多面的な視点を持つことです。『震災から1年と5カ月目にして気付いたこと』に、津波に洗われた仏像の話が出てきます。「倒れそうではなく、今まさに立ち上がろうとしている」という住職の言葉にハッとさせられます。それは復興の精神を語って余りあります。

 がれき処理をリサイクルと地域ビジネス創造まで広げた『ただ捨てるのはもったいない』、原発事故と原爆投下を小学1年生とは思えない視点でまとめた『せんそうとげんぱつ』は問題意識の高さが評価されました。

 身の回りのことから地域を、日本を、世界を考えてみる。記事を書くことで、新しい自分に出会えるはずです。若者らしい感性で、復興プランを練ってみるのも楽しいかもしれません。

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