<原発20km圏漁解禁>息子が眠る海へ 再び

船上で作業に当たる佐藤さん。雄二さんを震災で失った

 東京電力福島第1原発の20キロ海域で13日、試験操業が解禁された。6年ぶりの故郷の海。暮らしの糧を与えてくれた場所は、東日本大震災で亡くなった人々の慰霊の地にもなっている。複雑な思いを抱きながら、漁師たちは漁場に船首を向ける。
 「あいつがいればなあ」。福島県南相馬市の漁師佐藤敬次さん(68)は、何かの拍子にふと思う。震災で長男雄二さん=当時(36)=を失った。今も携帯電話に連絡してみる。つながらないと分かっているのに。
 福島県浪江町の請戸漁港を拠点に、20年近く2人で魚を追ってきた。漁船は「明雄丸」。佐藤さんが30代で船主になったとき、雄二さんにちなんで命名した。
 不器用で無口。特に他人を悪く言うのを嫌う男だった。献身的な働きぶりで漁師仲間の信頼も厚かった。あの日、請戸漁港近くで津波にのまれたとみられる。遺体は見つかっていない。
 佐藤さんら請戸所属の漁船は今年2月、6年ぶりに帰港した。大漁旗を翻すことに決まったものの、どうしても祝う気分になれない。「海中から雄二が見ているかもしれないよ」。結局、妻の勧めで3枚掲げた。少しでも目立つように、色合いが良いのを選んだ。
 請戸周辺は好漁場で知られるとはいえ、息子が眠る海だ。網を投じることに抵抗感が残る。それでも「いざ魚影を追うと夢中になっちまう。それが漁師ってもんだ」。潮焼けした顔がこわばって見えた。
 震災後も試験操業で定期的に出漁していたが、最近は船の乗り降りが面倒に感じて仕方ない。漁具を運ぶのも難儀する。日々、体の衰えを実感する。
 「もう代替わりの時期。震災がなければ楽隠居できたんだろうけどな」。現役生活も残り2、3年。息子の面影を胸に、佐藤さんは海に出るつもりだ。


2017年03月14日火曜日


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