<法廷に立つ避難者>苦労報われる判決を

「福島の悲劇を繰り返さないで」と街頭で訴える丹治さん=10日午後6時ごろ、JR前橋駅前

 東京電力福島第1原発事故の損害賠償などを東電や国に求める集団訴訟のうち、全国初となる判決が17日、前橋地裁で言い渡される。係争中の集団訴訟は少なくとも全国18地裁で27件あり、原告は1万1400人に上る。古里を奪われた怒りや避難生活での苦しみ、判決への期待…。訴訟に寄せる原告たちの思いを取材した。(福島総局・阿部真紀、柴崎吉敬、高橋一樹)

◎原発事故集団訴訟(上)迎える節目

<脱原発 機運低下>
 福島第1原発から約200キロ。毎週金曜の夜、空っ風が吹き付ける前橋市のJR前橋駅前に立ってきた。
 「福島の事故を忘れないで」。脱原発を訴える街頭活動は200回を超えた。
 いわき市から自主避難した丹治杉江さん(59)は、137人が参加する前橋訴訟の原告の一人。東電と国に過失責任があったと主張し、1人当たり1100万円の慰謝料の支払いを求めている。
 事故前から原発の安全性に不安を抱いていた。いわき市は福島第1、第2原発が立地する双葉郡に隣接する。過酷事故が起きた際、風向きに応じてどこに避難するか夫と話していた。
 地震発生後に喜多方市まで逃げ、さらに前橋市に避難した。身を守るための行動だったが「みんなを残して逃げる選択をした」という後ろめたさもあった。
 深刻な被害をもたらす原発事故を二度と繰り返してはならない。その思いを胸に、裁判の傍ら脱原発運動を続けてきた。
 当初は街頭で励ましの言葉を掛けてくれる人もいた。だが、最近は呼び掛けに反応する人はほとんどいない。脱原発の機運が急速にしぼんでいるように感じる。
 国内では2基の原発が再稼働し、運転期間を「原則40年」とする廃炉ルールの形骸化も進む。
 「裁判所は国のエネルギー政策が間違っていることを認め、原発再稼働の動きに一石を投じてほしい」。司法判断にわずかな望みを託す。

<無表情の代理人>
 原発事故で多くを失ったのに、「想定外」の一言で片付けていいはずがない。
 昨年7月に避難指示が解除された南相馬市小高区から前橋市に避難する女性(49)は、そんな思いで集団訴訟に加わった。
 夫を福島県内に残し、3人の子どもと避難した。損害賠償を算定するため東電との交渉に臨んだときのことだ。
 「二重生活を強いられ苦しんでいる」と窮状を伝えると、東電の担当者は「単身赴任と思えばいい」などと繰り返した。
 裁判では2度、法廷に立ち、意見陳述した。「生まれ育った古里、好きだった仕事、地域の人たちとのつながり…。全てを事故で奪われた」と訴えた。
 切実な気持ちが裁判官に届いたかどうかは分からない。東電や国は「津波の襲来も、過酷事故も想定外だった」と主張する。原告の訴えを無表情で聞く、国や東電の代理人の姿が印象に残っている。
 避難先での暮らしになじもうと家族と共にもがいてきた6年。「欲しいのはお金じゃない。被災者の苦労が報われるような判決だ」


2017年03月14日火曜日


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