<原発避難>父と娘通学12万km 感謝胸に卒業

双葉中の卒業式を終え、車の前で笑顔を見せる浪江克彦さんと侑加さん=13日、いわき市の仮設校舎

 東京電力福島第1原発事故で全町避難する福島県双葉町の双葉中(生徒12人)の卒業式が13日、いわき市の仮設校舎で行われた。2014年の学校再開と同時に入学した浪江侑加(ゆうか)さん(15)は2年時から、父克彦さん(54)の車で郡山市から通い続けた。往復3時間を約600日、父と娘の1800時間。娘は父への感謝を胸に学校、そして助手席から巣立った。

<片道100キロ>
 卒業の晴れの日も、いつものように朝5時に起き、6時すぎに家を出た。磐越自動車道で片道100キロ、1時間半の通学だ。2年で走行距離12万キロ。「親も子も頑張った」と克彦さん。
 原発事故後、家族5人で避難し、11年8月にいわき市の仮設住宅に入った。次女の侑加さんは市立小に転入。克彦さんは仮設住宅の管理の仕事に就いた。
 中学進学。侑加さんは「双葉の友達と会える」と、3年ぶりに再開する双葉中を希望した。入学時の1年生は3人、全校でも6人。「学校として成り立つのか」との両親の不安をよそに「消極的な性格の自分が積極的になった」と言うほど、生き生きと通った。
 双葉中での生活は「1年限定」のはずだった。双葉町の自宅は帰還困難区域にある。克彦さんは郡山市に土地を確保し、家を注文した。2年生進級時に新居に移り、転校する−。侑加さんも納得していた。
 「生徒も先生も仲が良くて楽しい。通い続けたい」。1年生の秋、克彦さんは娘の気持ちを知る。「通うなんて無理」「頑張るから」。話し合いは2カ月続いた。「妻も自分も根負け」と克彦さん。自身もいわきでそのまま仕事を続けた。

<絆強まる>
 車中。娘はイヤホンでKポップを聴くか、寝るか、参考書を開くか。父は「事故を起こしたり、免許停止になったりしたら、娘が学校に行けなくなる」と慎重にミニバンを操る。
 走り続けた12万キロ。克彦さんは「双葉中で良かった」と思う。侑加さんは生徒会副会長を務め、率先して学校行事などに取り組んだ。古里への思いをカレンダーにしたり、大勢の前で発表したり。成績も伸びた。英検は準2級。陸上の県大会にも出た。「おとなしかった子が本当に成長した」
 父との1800時間。侑加さんは「私のことを大事に考えてくれている」と感じた。「疲れたと言いながら毎日送ってくれる。私は車で寝られるけど、父はできないし」。会話は学校での出来事を少し話す程度だったが、「前より仲が良くなり、絆が強まった」。
 侑加さんは4月から郡山市の高校に通う。「避難所で助けてもらった」と看護師に憧れている。

<「卒業証書」>
 卒業式。「やっと再会できた双葉の友達やみんなと離れ離れになる」。卒業証書を受け取り、別れを惜しむ娘の姿を、克彦さんはビデオに収めた。記念写真を撮った後、娘の頭にポンポンと手を当てた。
 式の前、学校を通して侑加さんから手紙を渡された。最後の送迎を終え、自宅で読んだ。「詳しい内容は言えないけれど、うれしかったよ」
 娘から父への「卒業証書」になった。(いわき支局・古田耕一)


2017年03月14日火曜日


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