<法廷に立つ避難者>加害者が主導 理不尽

京都府内で避難生活を続ける福島さん=2月10日、京都府木津川市

 東京電力福島第1原発事故の損害賠償などを東電や国に求める集団訴訟のうち、全国初となる判決が17日、前橋地裁で言い渡される。係争中の集団訴訟は少なくとも全国18地裁で27件あり、原告は1万1400人に上る。古里を奪われた怒りや避難生活での苦しみ、判決への期待…。訴訟に寄せる原告たちの思いを取材した。(福島総局・阿部真紀、柴崎吉敬、高橋一樹)

◎原発事故集団訴訟(下)最後の望み

<使命感を持って>
 団結すれば巨大な相手とも闘える。一人でも多くの被害者が声を上げられる環境をつくりたい。
 東京電力福島第1原発事故で福島県富岡町から避難する渡辺克巳さん(70)=福島県郡山市=は、そんな思いで集団訴訟に加わった。
 参加する福島地裁いわき支部での訴訟の原告は約600人。東電に慰謝料として1人当たり2000万円を請求している。
 みその醸造販売店を継ぐため、40代で高校教員を退職。仕込みのため早朝に起き、昼間は配達で飛び回った。夜は町内に開いた学習塾で、小中学生らに英語を教えていた。
 原発事故で古里を追われた1年後、事業再開を目指す。当時、県外で暮らしていた家族と離れ、いわき市の仮設住宅に移った。
 東電に製造機器のリース代の支払いを拒否され、計画は行き詰まった。機器が特注だったため「汎用性がなく、賠償の対象にならない」と一蹴された。
 加害者とは思えない一方的な対応。交渉を重ねても、らちが明かない。「事業再開はもう無理だ」と悟った瞬間、全身の血の気が引いていくのを感じた。裁判に訴えようと決めた。
 福島第2原発が立地する富岡町は東電や協力企業の関係者が多い。「やりすぎじゃないか」「まだ金が欲しいのか」。冷ややかな視線を感じるときもある。
 それでも裁判を続けるのは、被害者としての使命感。「加害者が決めた賠償の枠組みに被害者が従うのは理不尽だ。子や孫に示しがつかない」

<恒久的な支援を>
 福島県南相馬市原町区から京都府に避難する福島敦子さん(45)は京都訴訟の原告団共同代表を務める。原告175人の大半が、福島市など避難区域外から自主避難した母親と子どもたちだ。
 2013年9月に提訴した。低線量被ばくの不安など精神的苦痛に対する慰謝料として1人550万円の支払いを東電と国に求めている。
 原発事故が起き、原発から20〜30キロ圏にあった自宅は緊急時避難準備区域になった。2人の娘は当時、小学生。「できるだけ遠くに」。身寄りもない京都行きのバスに飛び乗った。
 20〜30キロ圏の避難指示は事故6カ月後に解除された。シングルマザーで避難先での生活は金銭的に苦しいが、原発の近くに戻る気になれなかった。京都に残った福島さん一家は「自主避難者」となった。
 原発事故から時間がたつにつれ、置き去りにされてしまうとの不安が募る。
 「当たり前の権利が守られていない。みんな苦しみながら避難を選んでいることを分かってほしい」
 福島県は今月で、自主避難者への住宅無償提供を終了する。県は帰還を促すだけで、「避難を続ける権利」を認めない国の姿勢と同調しているように映る。
 「恒久的支援を実現させるため、国や県の考えを根本から変えたい。裁判で責任を明確にし、同じ土俵に立たせる必要がある」


2017年03月16日木曜日


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