<原発避難訴訟>最大の争点 地裁認定

◎「02年に知り得た」

 東京電力福島第1原発事故を巡る訴訟で前橋地裁が17日に示した判決は、東電が2002年ごろには第1原発が津波に襲われる可能性を知り得たと認定した。予見可能だった時期がいつなのかは訴訟の最大争点で、原告側は「02〜08年の間」と主張していたが、最も早い02年時点と認められた。さらに「08年には実際に予見していた」と踏み込んだ。東電と国は「巨大津波は想定外だった」と過失を全面的に否定していた。
 02年には、政府の地震調査研究推進本部が、三陸沖から房総沖で起こり得る津波地震の長期評価を公表。「福島県沖を含む太平洋側の日本海溝沿いでマグニチュード(M)8級の津波地震が30年以内に20%程度の確率で発生する」との内容だった。取りまとめたのは原告側の証人で、原発事故後に原子力規制委員を務めた島崎邦彦東京大名誉教授(地震学)。
 だが当時は、原発などの防災想定では「過去に実際に起きた最大地震を考慮すればよい」との考え方が支配的だった。過去400年間に福島県沖では大地震が起きていないため、長期評価については、東電も、経済産業省の旧原子力安全・保安院も考慮せず津波対策を先送りに。訴訟では「地震学者の間でも異論があった」「一つの仮説」としていた。
 島崎氏は15年7月、千葉地裁での同種訴訟で「長期評価に基づいた津波の高さの試算は、発表から数カ月程度で可能だった」との見解を示した。
 前橋地裁の判決は、長期評価について「地震学者の見解を最大公約数的にまとめており、第1原発の津波対策を取るに当たり考慮しなければならない合理的なものだった」と認定。第1原発の敷地を超えて非常用電源設備を浸水させる程度の津波襲来は「遅くとも(長期評価が発表された)02年7月31日から数カ月後の時点で予見できた」とした。
 その後、東電が長期評価の考え方を取り入れて第1原発を襲う津波の高さを試算したのは08年。津波研究者の助言がきっかけだった。東電の子会社が報告した試算結果は、1896年の明治三陸地震(M8.2)クラスの地震が福島県沖で起きたと想定すると、高さ10メートルの第1原発の敷地を大きく超える津波が襲来し敷地南側では東日本大震災と同規模の最大15.7メートルが押し寄せるとの内容だった。
 東電は「実際に発生した津波は、規模や襲来経路などが試算結果とは大きく異なっており、試算に基づき防潮堤などの対策を講じていたとしても被害は避けられなかった」と主張した。
 判決は「試算結果が出た08年には(巨大津波を)実際に予見していた。非常用ディーゼル発電機を建屋上階に設置するなどの対策が取られていれば、事故は発生しなかった」と断じた。
 東電はこの試算結果を公表せず、震災4日前の11年3月7日になるまで旧保安院に報告していなかった。

◎「厳しい内容」ため息/電力各社再稼働への影響懸念

 東京電力と国の責任を認め、賠償の支払いを命じた前橋地裁判決について、電力業界からは厳しいとの声が漏れたほか、今後の原発再稼働への影響を懸念する見方もあった。
 地方の大手電力の関係者は「予想はしていたが、厳しい内容だ」と指摘。「賠償額の多寡ではない」と語った。
 九州電力は川内原発(鹿児島県薩摩川内市)1、2号機が稼働中で、玄海原発(佐賀県玄海町)3、4号機も再稼働が視野に入りつつある。九電関係者は「東日本大震災後、新規制基準で求められる以上の安全対策を施し、さまざまな訓練も実施している」とした上で、「今回の判決が管内の原発運用に直接的な影響を与えることはないのではないか」と冷静に受け止めた。
 ただ九電を除く各電力は原発再稼働が進まず厳しい経営を強いられており、先行きを見通せない。


2017年03月18日土曜日


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