<ツール・ド・東北>被災地の絆を再確認

エイドステーションで友人と話す猪狩さん(左)=18日午前10時50分ごろ、宮城県南三陸町
笑顔でゴールした内竹さん(手前)=18日午後3時30分ごろ、石巻市の石巻専修大

 東日本大震災で被災した宮城県沿岸部で18日にあった「ツール・ド・東北2016」には、同じく被災した福島、岩手両県からもライダーが参加した。コースとなった女川町や南三陸町の復興の様子と、地元の状況を重ね合わせ、力強くペダルを踏み込んだ。
 いわき市の会社社長猪狩昌一さん(42)は、昨年に続き北上フォンド(100キロ)に出走した。東京電力福島第1原発事故に伴う全町避難で福島県楢葉町の自宅を離れ、今も家族3人と仮設住宅で暮らす。
 自転車は10年ほど前、トレーニングの一環として始めた。震災後、仕事は休業状態に陥った。「自転車がなかったら自分がおかしくなっていたかもしれない」。先の見えない不安、やり場のない憤りを自転車で発散することができ、救われたという。
 町の避難指示は昨年9月に解除されたが、増えるのは作業員宿舎ばかりで「復興は全く感じられない」。昨年の大会では女川町の復興の早さに驚くと同時に、古里・楢葉の将来像を重ね合わせた。
 JR女川駅周辺は昨年末に商店街「シーパルピア女川」がオープンし、復興が進む。無事ゴールした猪狩さんは「女川はエネルギッシュ。この1年でまた大きく、劇的に変化した。うらやましい」と語り、来年の出場にも意欲を示した。
 宮古市の会社員内竹幸一さん(54)は、8月末の台風10号豪雨で市中心部の職場が約1メートル浸水した。泥のかき出しなどで、業務再開に1週間かかった。ツール・ド・東北には初参加で「沿道の声援が素晴らしかった。元気をもらった」と話す。
 自転車好きになったのは震災がきっかけだった。職場周辺は津波で浸水して車が使えず、約2キロ離れた自宅から自転車で通い、がれき撤去に明け暮れた。体重は20キロ以上減ったという。
 今回は170キロの南三陸フォンドに出場した。「お互い大変な被災をしただけに、簡単に『頑張ろう』とは言えない。でも前に進まないと。来年も参加して宮城の復興の様子を見たい」と語り、汗を拭った。


2016年09月19日月曜日


先頭に戻る