<ハーバード大>被災地起業家の奮闘 刺激に

秋保ワイナリーのワインで乾杯する米ハーバード大ビジネススクールの学生たち=仙台市太白区
愛さんさんビレッジで小尾社長(右端)らに聞き取りをする米ハーバード大ビジネススクールの学生=宮城県石巻市

 1月上旬、東日本大震災の被災地で研修した米ハーバード大ビジネススクールの大学院生は、復興に取り組む被災者の姿や起業家の奮闘ぶりから「ビジネスを通した社会への貢献とは何か」を考えた。学生たちは被災地の現状を通して何を学んだのか。各地での企業訪問や仙台市内で10日にあった報告会を取材した。(「被災地と企業」取材班)

◎利益第一より復興後押し/仙台「秋保ワイナリー」

 仙台秋保醸造所が仙台市太白区で運営する秋保ワイナリーには米国、カナダ、インド出身などの学生5人が訪問した。2015年に起業した毛利親房(ちかふさ)社長(48)は「ワイナリーを活用した観光振興」という課題を提示。学生は海外の先進例を挙げ「東北の豊かな食と連携したツーリズムを展開してはどうか」と提案した。
 5人は米国で勉強会を7回開き、仙台入り後は毛利さんと2日間にわたり議論。毛利社長が利益第一ではなく、復興への貢献を期して起業した経緯を聞いた。
 秋保温泉のホテル瑞鳳では、関係者約40人を前にした報告会で、年間80万人が観光に訪れるニュージーランドのワイン産地の島を紹介。都市近郊にありながら、騒がしさから離れた雰囲気が秋保に似ていると説明し、「官民一体の取り組みが大切になる」と訴えた。
 酒造会社一ノ蔵(大崎市)やニッカウヰスキー仙台工場(仙台市青葉区)を巡る酒蔵ツアーも提案した。
 米国出身のアイリン・ラフィさん(27)は「毛利さんが起業した話は物語性があり、販売の強みになる」と指摘。カナダ出身のジョージ・クーリさん(31)は議論を振り返り、「大企業の利益のためではなく、地域の発展のために提案するのはやりがいがあった」と満足そうだった。
 昨年に続き学生を受け入れた毛利社長は「提案は今後のヒントにしたい。短い滞在中に発表をまとめた彼らの能力はさすが。人間的にも熱く、温かい人たちだった」と話した。

◎事業通じ社会的弱者支援/石巻「愛さんさんビレッジ」

 宮城県石巻市では、有料老人ホームや訪問介護事業を展開する「愛さんさんビレッジ」を学生5人が訪問した。
 同社は、塩釜、石巻両市を拠点に2013年から高齢者向け配食事業を営む「愛さんさん宅食」の小尾(おび)勝吉社長(38)が設立。両社とも障害者やシングルマザーを積極的に雇用している。
 3日間の調査で、学生たちは配食の調理、盛り付け作業を見学。配食の利用者宅や、ビレッジで働く障害者が庭掃除を担当する人の自宅を訪ね、サービスの現場を確認した。
 報告会では「高齢者支援と障害者らの育成を両立する点に感銘を受けた」と発表した。一方、事業拡大で生じた課題として、職員の技量の差を標準化させる必要性を指摘。短期、長期の目標設定や、経営者と従業員の相互評価制度の導入を提案した。
 学生たちは訪問初日、小尾社長にインタビューした。母親が病気で入院中に感じた食事の大切さから配食会社の創業に至った経緯や、事業を通じた社会的弱者支援という経営理念に込められた思いを聞いた。
 米国出身のスニータ・レディーさん(28)は「障害者の社会参加は、高齢化の進む社会にとって大きな意味がある。会社を成長させつつ、温かみのあるビレッジの企業文化を守ってほしい」と期待感を語った。
 小尾さんは「報告を聞いて、自社の成長の先にどんな壁が立ちはだかるのか分かった」と交流の成果を語った。

●参加学生一言

<高品質な日本酒製造>
 一ノ蔵で研修し、高品質な酒を造っていると思った。職人による複雑な工程や強い思い入れがあると知った。日本で日本酒が人気がある理由が分かった。
 大学院には「良いインパクトを与える人を育てる」という使命がある。被災地を再生し、改善していくプロセスは大学院の使命や、私たちの学びにつながる。地域に密着し、地域を盛り上げようとする姿勢にとても感銘を受けた。(ファハズ・ミタニさん(30)=カナダ出身・元金融機関向けコンサルタント)

<夢信じることが大切>
 最も感銘を受けたのは、秋保ワイナリーの毛利親房社長の考え方だ。震災後の起業を通し、地域をより良くすることができると信じていて、実際に地域を動かしている。夢を大きく持つことと、信じることの大切さを学んだ。
 日本に来たのは初めて。被災地の人々は人口減少に直面しながら現地に残り、頑張っている。共同体に貢献したいという意識が強いと感じた。(タミ・カラパティさん(27)=インド出身・元投資会社社員)

<利益も生む社会貢献>
 愛さんさんビレッジを訪れた。高齢者や障害者を助けながら、会社の業績を上げるという興味深い挑戦だった。単なる社会貢献にとどまらず、利益を生み出しているのが素晴らしい。
 ビジネススクール修了後は証券会社に勤める予定。将来は再生可能エネルギーの会社を設立したい。ビレッジの経営者が確固たる理念を掲げ、社会に良い影響を与えようとする姿から多くを学んだ。(アンソニー・テリージーさん(28)=米国出身・元大学投資担当)

<ホヤの水揚げ印象的>
 「東北開墾」で、石巻市のホヤ養殖業者の船に乗せてもらい、ホヤの水揚げを初めて見たのが印象的だった。米国の1次産業は大規模生産者が多く、小規模な漁業者の手作業を見られたことが貴重だった。
 震災後の需要低下や風評被害など、被災地の小規模生産者を巡る課題は多い。魚介類や農産物を東京などの都市でどう売り込めるか、ビジネスが後押しできればいい。(アンドレア・ヘックバートさん(29)=カナダ出身・元米コンサルタント)

◎学生の視野確実に広げた

 米ハーバード大ビジネススクール唯一の日本人教授で、日本での研修プログラムの指導教官を6年間、務めている竹内弘高氏(70)に研修の狙いや、これまでの成果を聞いた。

 −日本研修は6年目になった。
 「ビジネススクールは1908年の創立以来、約100年間、教科書を使わず、事例を教材にしてきた。(金融市場の最前線に人材を輩出してきたが)今後100年は知識だけでなく、実践を通じた生き方を学んでほしいと、2012年に海外研修が始まった」

 −研修先に東北の被災地を選んだ理由は。
 「11年の東日本大震災後、日本人学生が『被災地の研修プログラムを作りたい。指導教官になってほしい』と頼みに来た。『災害はまたどこかで起きる。企業の初動対応を研修を通して記録に残したい』と言っていた」
 「他の研修先の中国やインド、ブラジルと違い、(研修目的に)最初から地域密着の関係を築くことをうたったのは日本だけだ」

 −被災地では何が刺激になっているか。
 「東北の社会起業家との出会いは、起業を考える学生の視野を確実に広げた。(毎年登米市で行われる)東北風土マラソンの実行委員会の竹川隆司さん(39)は起業家だが、目的は地域の発展だ。仙台市の秋保ワイナリーの毛利親房さん(48)は醸造所の経営だけでなく、観光客誘致のため大規模なサイクリングイベントを開こうとしている」

 −他の地域でも出会いはある。違いはあるか。
 「どの起業家と話しても『東北のため』『復興のため』という言葉がまず出てくる。目的と動機が一貫している。風評にあらがって起業した体験などを聞くことが、学生にはとても刺激になっているようだ」
 「仮設住宅を訪れたり『愛さんさんビレッジ』の研修に参加したりして被災地の生活を実感する。『(震災で)親戚の誰々が亡くなった』という話が出てくる。身近な人の死に接していない若い学生たちは『人生とは有限だ』と感じ、一日一日を大事に生きようと思ったようだ」

 −研修は東北と学生たちに何を残すだろう。
 「東北の高校生とも交流を重ねてきた。ある生徒は『私もハーバード大に入る』と言った。学生たちが魅力的に見えたのだろう。互いが刺激を受けて生まれた種が芽を出し、世界に根を張ってほしい」
 「学生たちが起業し10年後、20年後に成功したとき『私のビジネスの原点は、東北で過ごした研修だ』と言ってくれたらいい」

●竹内弘高(たけうち・ひろたか)東京都生まれ。国際基督教大卒。米カリフォルニア大バークレー校で経営学修士号取得。米ハーバード大ビジネススクール助教授、一橋大商学部教授を経て、2010年から現職。一橋大名誉教授。専門は競争戦略、知識経営など。70歳。


2017年01月25日水曜日


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