<ルミナリエ>荘厳な光 復興見守る

神戸市内の企業などが協力し、継続してきた神戸ルミナリエ。荘厳な光が犠牲者の鎮魂や教訓を伝える

 CSR(企業の社会的責任)の水脈をたどると先人の無私、公益の精神に行き着く。商人や企業にはそれぞれの時代、社会的責任を自覚し、社会貢献に動く姿があった。(「被災地と企業」取材班)

◎トモノミクス 被災地と企業[12]第2部 水脈(4)つなぐ 

 電飾が彩る幾何学模様が、荘厳な雰囲気を伴って夜の街に浮かび上がる。
 1995年の阪神大震災で甚大な被害を受けた神戸市中心部で、同年12月に始まった「神戸ルミナリエ」。22回目を迎えた昨年は、325万人が訪れた。
 6434人が犠牲になり、住宅約10万棟が全壊した。犠牲者の鎮魂、記憶の伝承。加えて、ルミナリエには震災で半減した観光客回復への願いがこもる。

 「初点灯を見て自然と涙がこぼれた」。神戸の中華街・南京町で老舗豚饅(ぶたまん)店を営む曹英生(そうえいせい)さん(60)は語る。震災直後の暗闇を思い出し「光のありがたみが身に染みた」と言う。
 初めてのルミナリエには多額の企業協賛金が集まり、来場者数は予想を超えた。「街がよみがえった」。失意の底にあった神戸の経済界は勢いづいた。
 当時の神戸商工会議所副会頭で住宅設備機器メーカーのノーリツ(神戸市)会長だった太田敏郎(としろう)さん(89)は企業トップを訪ね歩き、イベント継続を訴えた。
 自称「ルミナリエおじさん」。周囲も敬愛を込めて、そう呼んだ。
 あれから22年。震災の風化は著しい。
 転出入で市民の4割は震災を体験していない。「ルミナリエが震災を語り継ぐ役割を果たしている」と考える人は、市の調査で6割を切った。
 来場者は2004年の538万人をピークに減少に転じた。協賛金は最高だった96年の5億1500万円から、15年は2億1000万円に激減。補助金や個人募金で穴埋めしている。

 地元の経済人は、それでも続けようと、もがく。
 寒空の下、会場で一人の老人が街頭に立ち、募金への協力を呼び掛ける。
 建材メーカー、ノザワ(神戸市)最高顧問の野沢太一郎さん(84)。会場となる旧外国人居留地の街づくり団体会長を務める。
 居留地で唯一残る異人館は、ノザワが所有する国の重要文化財だ。震災で全壊し、国の支援で再建できたが、衝撃の残像は今も消えない。
 「ルミナリエと震災伝承は一体。明かりを消してはいけない」
 神戸の街は復興した。企業や経済人が継続に力を入れる理由−。それは「最初のルミナリエの光を見たからだ」と口をそろえる。暗黒にともった希望の光。それは記憶に残る、震災の風景そのものだ。
 主催の組織委員会事務局課長、高野裕規(ゆうき)さん(54)は「手を合わせたり、犠牲者の写真を持ち歩いたりする人が今もいる」と言う。
 街を見渡すと、震災遺構はほとんど残っていない。記憶を伝えるという公益のために。そして地域のために。神戸経済人の志が、光の流れをつないでいく。
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 企業の社会的責任(CSR)。21世紀、世界の企業に浸透し始めた概念だ。東日本大震災後、東北の被災地には無数の企業が足を踏み入れ、試行錯誤を重ねた。艱難(かんなん)の地へ、生活の糧を、癒やしを、希望を。企業を突き動かした衝動は何だったのだろう。あれから間もなく6年。CSRを足掛かりに、あの日に返って経済社会を展望する。見えてくる明日を、私たちは「トモノミクス」と呼ぶ。


2017年01月30日月曜日


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