<糸魚川大火>大火の街復興 企業先陣切る

147棟が焼けた糸魚川駅北口付近。中央奥に加賀の井酒造の酒蔵があった=1月26日、新潟県糸魚川市(写真部・坂本秀明撮影)

 昨年12月22日、新潟県糸魚川市で147棟が焼けた大火から約1カ月半。市街地のあちこちに建物の土台だけが残る風景は、東日本大震災の被災地をほうふつさせる。江戸期から続く商業の中心地。老舗や飲食店が並んでいた焼け跡には、事業を継続し、地域経済の復興を誓う地元企業の若手経営者らがいた。CSR(企業の社会的責任)をてこに回りだす現地を訪ねた。(報道部・氏家清志)

<設備借り再開>
 1月下旬、北陸新幹線糸魚川駅から北西250メートルの焼け跡で、がれきを片付ける重機がうなりを上げていた。1650年創業の「加賀の井酒造」。新潟県最古の酒蔵は建屋が全焼し、焼け焦げた蔵が残る。
 支援の輪はすぐに広がった。被災直後、東京などで加賀の井酒造の酒を買う動きが相次いだ。「前を向くことが街のためになる。まず1本を造って次につなげよう」。消費者の後押しに、18代蔵元の小林大祐さん(34)は再起を期した。
 東日本大震災では、被災した酒蔵が他社の設備を借りて酒造りを再開する例があった。それを知った小林さんは約40キロ離れた富山県黒部市の銀盤酒造に掛け合い、協力を取り付けた。
 銀盤酒造のタンクが一つ空く今月下旬、社員を派遣。新潟県産の酒米を使い、こうじ菌、酵母菌を持ち込む。5月をめどに被災前の5%程度に当たる約1500本を出荷するという。
 酒蔵は糸魚川の街の歴史そのものだった。宿場町の時代、小林家は加賀藩主が泊まる本陣だった。同社は前田家の拝領品を展示し、歴史を伝えてきた。
 小林さんは酒蔵を同じ土地に建て、展示を再開するつもりだ。「経済活動ができて初めて再出発と言える。酒の味と歴史を未来に伝えるため、創業の地で再建したい」と決意する。

<受け入れ継続>
 夕食時、糸魚川駅前に、長野県白馬村に泊まる外国人観光客らを乗せたシャトルバスが到着した。法被姿の男性15人が、オーストラリアからの観光客ら約30人を笑顔で出迎えた。
 外国人に人気のスキーリゾート白馬は糸魚川から車で約1時間。糸魚川青年会議所は昨年、白馬で飲食店に入りきらない「夕食難民」を呼び込もうとバスの運行を企画した。昨年は1、2月の12回実施し、計約100人が訪れた。
 大火では参加飲食店15店のうち2店が焼けた。自粛ムードで忘新年会は軒並みキャンセルされた。発案者の一人、三愛旅行社(糸魚川市)の片山良博社長(40)は運行中止を検討したが、被災店主が「今年もやってくれ。街の灯を消してはならない」と促した。
 人口約4万4500の街が経済の力で立ち上がる。片山社長は「企業が社会的責任を感じ、それぞれの立場で活動すれば、その先に復興が見えてくるはずだ」と力を込めた。


2017年02月05日日曜日


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