<ヤマト運輸>客貨混載で課題解く

山間部の国道を荷物を載せて走る路線バス。ヤマト運輸とバス会社による共同輸送の仕組みは被災地で生まれた=宮崎県西都市

 震災はCSR(企業の社会的責任)に新たな視座をもたらした。主役は自らの社会的存在に覚醒した企業。地域や消費者との共存を探る姿があった。(「被災地と企業」取材班)

◎トモノミクス 被災地と企業[14]第3部 覚醒(1)はこぶ

 遠く九州の山あいに、東日本大震災の地で芽吹いた企業の使命と商機が実る。
 宮崎県西部の西米良村(にしめらそん)。昼すぎ、蛇行する川沿いの街道を宮崎交通(宮崎市)の路線バスが走ってきた。役場近くの停留所で待つのはクロネコマークのトラック。
 荷物のリレーが始まった。ヤマト運輸のドライバーが、村内で集めた荷物を手早くバスに積み込む。作業が終わると、バスは隣の西都(さいと)市に向けて出発した。
 同村は人口約1200で県内最少。4割が65歳以上の高齢者という過疎の山村だ。バス路線は赤字。宅配も西都市にある集配所まで1時間半かかる。それでも村民にとって、両者は暮らしのインフラだ。

 「客貨混載」の共同事業は2015年10月に始まった。宮崎交通はヤマトから安定収入を得られる。ヤマトは物流効率が向上し、取扱量が増えた。同社宮崎主管支店安全推進課長の下久史(しもひさふみ)さん(45)は「ドライバーが現地にいる時間が増え、お客の利便性が上がった」と手応えをつかむ。
 「三方よし」の精神が地域の生活と経済を回す。その原点は岩手県にあった。
 15年6月、ヤマト運輸は岩手県北バス(盛岡市)と提携し、盛岡市と宮古市重茂地区を結ぶ全国初の客貨混載バスの運行を始めた。
 発案者は震災直後、同県内の救援物資輸送を担った松本まゆみさん(現ヤマト・スタッフ・サプライ)。
 盛岡市出身の松本さんは震災の1年前、同県西和賀町でドライバーによる高齢者の見守りと買い物代行サービス「まごころ宅急便」を企画、実現させた。震災後は同県大槌町に2カ月住み込み、その仕組みを被災地に広げた。

 「バスが廃止されれば病院に通えない」。松本さんは被災者とのつながりで、被災地のさらなる願いは「足」であることを知る。
 津波による急激な人口減で路線バスの維持は崖っぷちにあった。地域の足を守り、自社も利益を生む仕掛けはないか。見えてきた解が、客と荷物を同時に運ぶビジネスモデルだった。
 岩手県北バスの鈴木拓副社長(46)は「路線がなくなれば、通学で利用する高校生が住めなくなる。地域の持続なしに会社の成長はない」と歓迎する。
 客貨混載は今、北海道や熊本県へと広がる。「育てた子どもがいろいろな場所から巣立ち、大きくなる感覚がある。課題を一つ解決すると、別の課題が見える」と松本さんは言う。
 何もかも失ったかに見えた被災地、東北。商いの視点で目を凝らせば、社会課題というニーズが見えてくる。
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 企業の社会的責任(CSR)。21世紀、世界の企業に浸透し始めた概念だ。東日本大震災後、東北の被災地には無数の企業が足を踏み入れ、試行錯誤を重ねた。艱難(かんなん)の地へ、生活の糧を、癒やしを、希望を。企業を突き動かした衝動は何だったのだろう。あれから間もなく6年。CSRを足掛かりに、あの日に返って経済社会を展望する。見えてくる明日を、私たちは「トモノミクス」と呼ぶ。


2017年02月14日火曜日


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