<岡本製氷>水産と観光 連携で光

ちょいのぞきツアーに参加した子どもたちと氷の彫刻を作る岡本さん(中央)。水産業は観光との連携に活路を見いだす=気仙沼市の岡本製氷

 震災はCSR(企業の社会的責任)に新たな視座をもたらした。主役は自らの社会的存在に覚醒した企業。地域や消費者との共存を探る姿があった。(「被災地と企業」取材班)

◎トモノミクス 被災地と企業[15]第3部 覚醒(2)つくる

 「水産×観光」。二つの産業が同じ危機感を抱いたとき、東日本大震災からの復興を目指す地域経済の可能性が広がり始めた。
 「ザク、ザク、ザク」。バラの造花を閉じ込めた氷の塊に、子どもたちがノミを振るった。削るたび、氷の粒と歓声が飛ぶ。
 宮城県気仙沼市魚市場近くの岡本製氷。港町の仕事場を訪ねる「ちょいのぞきツアー」に参加した親子連れが、氷の彫刻作りを楽しんだ。
 2015年度に始まったツアーは市内の30〜40代の経営者が運営する。漁業資材販売や造船など約20社が、製造現場の見学やカキむき体験、すし職人体験など多彩なメニューを準備し、観光客を迎える。

 震災がもたらした、悲願の協働だった。気仙沼の水産業者は震災前、衛生面や手間暇を考え、観光分野への積極参入に二の足を踏んだ。観光産業にとって最大産業・水産業との連携は、長年切るに切れないカードだった。
 震災は水産業全体を瀬戸際に追い込んだ。
 岡本製氷は三つの工場が津波で全壊した。順次再開したものの、震災前に約3億円あった売上高は7割に縮小。従業員は半数近く減らさざるを得なかった。
 港町では地場の企業が依存し合い、水産業界を形作る。同社も売り上げのほぼ全てが地元の魚市場や水産加工会社向けだった。
 地域が衰退すれば会社は立ち行かなくなる。危機感が水産業界を駆り立てた。目指したのは地域全体が安定して稼げるビジネス、交流人口の拡大だった。
 ツアー初年度、年5回と団体ツアーで766人だった参加者は、毎月1回の開催にした本年度、既に1941人に上る。岡本製氷専務の岡本貴之さん(34)は「裾野の広い水産業らしく、多彩なツアーがそろった」と胸をなで下ろす。
 気仙沼観光コンベンション協会の誘致推進課長熊谷俊輔さん(40)は「観光は地域全体の取り組みが大切。震災後にやっとその土壌ができた」とスタートラインに立てた喜びを語る。

 安閑とはしていられない。宮城県の調べでは、気仙沼市の観光客は15年、震災前の10年の6割にとどまった。県全体がほぼ回復したのに比べ、依然苦境を抜け出せていない。
 幾筋かの光明は見えている。ツアーに参加した高校生が見学先の企業に入社したという。岡本さんは「これからは気仙沼に魅力を感じた若者の移住も目指す」と話し、次の一手を練る。
 港近くの仮設商店街。「冷蔵庫創業の地」と刻まれた記念碑が残る。気仙沼は大正時代、日本初の冷凍工場が稼働した地だ。地域資源はまだまだある。水産業と観光業の強固な結び付きが、地域経済の明日を照らそうとしている。
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 企業の社会的責任(CSR)。21世紀、世界の企業に浸透し始めた概念だ。東日本大震災後、東北の被災地には無数の企業が足を踏み入れ、試行錯誤を重ねた。艱難(かんなん)の地へ、生活の糧を、癒やしを、希望を。企業を突き動かした衝動は何だったのだろう。あれから間もなく6年。CSRを足掛かりに、あの日に返って経済社会を展望する。見えてくる明日を、私たちは「トモノミクス」と呼ぶ。


2017年02月15日水曜日


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