<大川小訴訟>帰りたい 娘の「声」代弁

鈴木巴那さん

 大川小津波訴訟の控訴審で、原告の鈴木実穂さん(49)が意見陳述した。4年の長女巴那さん=不明当時(9)=は震災から6年10カ月たった今も行方が分からない。愛する娘からの「メッセージ」と題し、鈴木さんが「代読」すると、すすり泣きが廷内に満ちた。

◎原告 鈴木さんメッセージ

 私は鈴木巴那です。私はあの日、地震の後、寒さと怖さで体の震えが止まらなくて、校庭でお友達と手をつないで、はげましあってしゃがんでいました。お友達のお母さんが次々とお迎えに来るのを見ていて、私も迎えに来てもらいたいなぁって思ったけど、お父さんもお母さんも仕事で迎えには来られないのは分かっていたから、あきらめて先生の言うことを聞いて、じっと待っていました。
 おりこうにしていれば絶対大丈夫だって思っていました。でも、校庭から出ると、すぐにものすごい勢いの津波が来て私は流されてしまいました。
 私はあの日から、まだお父さんとお母さんの所に帰れずにいます。他のお友達は見つけてもらって、お父さんとお母さんに抱っこしてもらったりしたけど、私はまだしてもらえません。私も見つけてもらったら抱っこしてもらいたい。ずっとそう思ってきたけど、もうその願いはかなわないみたい。だって、もうすっかり骨だけになっちゃったんだもの。
 でも、こんな姿になっても、お父さんとお母さんの所に帰りたいなぁ。あの日の朝、お母さんが「いってらっしゃい」って、いつまでも見送ってくれたっけ。あれがお母さんとのお別れになってしまったね。大好きな学校で、がんばって泣かないで、先生の言う通りにしていただけなのに、どうしてこんな悲しい目にあうの? どうして私はお父さんとお母さんの所に帰ることができないの?


2018年01月24日水曜日


先頭に戻る