<E番ノート拡大版>牛タン職人見習い中/小斉さん再出発

「司」本店の前で雪かきをする小斉さん

 打撃用ヘルメットは手ぬぐいに、ユニホームは白い作業着に、バットは雪かき用スコップに変わった。各地で本格的な積雪があった18日夕、昨季限りで引退した前東北楽天内野手の小斉祐輔さん(32)は仙台市の歓楽街、国分町にある牛タン焼き専門店「司」本店の前で雪かきをしていた。周辺の店の分まで30分程度で積雪をさばくと、太い腕で汗をぬぐった。
 新年初めから試用社員として勤務する。最初は店内の清掃に始まり「一日の仕事の流れに慣れてきたところ」。今はとろろのすりおろし、ネギの切り方なども担う。牛タンを取り扱う大役はまだ憧れの対象だが「早く任されるチャンスをうかがいたい」と向上心に燃える。

<1軍定着できず>
 プロ球界で10年間過ごした。大阪府出身。名門の大阪・PL学園高から、東農大生産学部を経て2006年ソフトバンクに育成ドラフト1巡目で入団。2軍では打撃タイトルにも何度か輝いた強打者だったが、1軍の壁は厚かった。12年に金銭トレードで東北楽天入りした後もなかなか1軍に定着できず、昨季は17試合出場に終わった。
 転機は2軍で出場機会が減った昨夏。「30歳を過ぎて夏場に出番がなければ秋には戦力外、というのは何年もこの世界にいれば察しがついた」。同じころ、第2子の長女が誕生。「家族が優先と思った。独身なら野球にしがみついただろうが。転身は早い方がいい」。9月末に引退を発表した。
 もともと料理好きだった。良質な牛タンの厳選した部位しか使わない姿勢にほれ、秋に知人を介して「司」の門をたたいた。「野球選手上がりだからって甘くしないよ。後戻りできない気持ちでないと駄目だぞ」。荒幸司代表の言葉を肝に銘じ、未知の世界に飛び込んだ。

<夢は福岡で出店>
 「元プロ野球選手」の肩書は第二の人生に際して必ずしも武器にはならず、時に重荷になることも覚悟の上だ。「店で『楽天の選手だったよね』と言われても『はい。修業させてもらっています』と胸を張るつもり。『転身したことをテレビや新聞に取り上げられていたのに、もう店を辞めちゃったんだって』とやゆされるのだけは嫌なので」
 年齢による上下関係などが絶対視される球界から、年下の上司もいる実力主義の世界に来た。年俸1000万円以上の選手時代から稼ぎは激減し、当面は貯金を切り崩しての生活だ。それでもプロ生活を始めた福岡で「数年後に牛タン焼き専門店を開く」という目標がある。「多くのお客さんに本当においしい牛タン焼きを食べてもらいたい」。強い覚悟で道を切り開く。(金野正之)


2016年01月25日月曜日

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