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<ネパール地震>今度は支える番 東北で拡大

ネパールに送る支援物資の受け付けを始めたサプコタさん夫妻

大地震に見舞われたネパールを支援しようと、東北各地で28日、物資や義援金を募る動きが広がってきた。東日本大震災の際に世界から受けた支えを思い起こす被災者、母国を案じるネパール人、個別に長く交流を続ける人…。それぞれが「人ごとではない」と、懸命の呼び掛けを始めた。

 被災後の仮設商店が並ぶ宮城県南三陸町の「南三陸さんさん商店街」は、全31店に募金箱を設置した。
 津波で町は壊滅的な被害を受けた。多くの大切な命と暮らしを失った4年前の痛みが、ネパールの惨状に重なる。再生に向けて歩み出した過程で、世界中からの多くの支えがあった。
 「情報がなく何が必要か分からないが、災害はみんなで助け合わなければ乗り越えられない」。商店街運営組合の阿部忠彦組合長(52)は、力を込める。
 秋田市内で夫とカレー店「ナマステ」などを営むスニタ・サプコタさん(29)は、店で支援物資を受け付けるほか、売り上げの一部を義援金として送るつもりだ。
 地震翌日、首都カトマンズで暮らす伯母といとこが倒壊した家の下敷きになって死亡したと知らされ、大きな衝撃を受けた。
 「大丈夫?」「何が欲しい?」。地震後、多くの顧客が心配してくれた。「すごくうれしい。支援物資が届いていないはずの山間部を中心に送りたい」とサプコタさんは話す。
 福島県内でも、ネパール人が在籍する東日本国際大(いわき市)や日本語学校の新白河国際教育学院(西郷村)などで、募金活動を予定したり、校内に募金箱を設置したりしている。
 宮城県七ケ浜町の「宮城国際支援の会」は、ネパールで学校や診療所を建設するなど支援を続けてきた。盛岡市の「メガネの松田」は、1998年から毎年ネパールを訪れ、メガネを提供している。
 支援の会もメガネの松田も、これまで培ってきたつながりからネパールの被災者を案じ、義援金の呼び掛けに乗りだした。


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2015年04月29日水曜日

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