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<被ばく牛>農地保全「生きる意味必ずある」

小丸地区にいま、人は暮らしていないが、田畑は牛が草を食べ、雑草がほとんどない=16日
牛に栄養価の高いエサを与える渡部さん。「お前らこっちこい」と優しく声を掛ける=16日、福島県浪江町

 東京電力福島第1原発から北西に10キロの福島県浪江町小丸地区では、事故前に住んでいた全35世帯が避難する中、牛約70頭が今も飼育されている。周辺はすり鉢状の地形のため大量の放射性物質が海風に乗って流れ込み、同町の帰還困難区域の中でも最も放射線量が高い。基幹産業だった畜産再開のめどは全く立たないが、住民は農地保全の名目で牛を飼い、科学的調査に協力している。
 地区に入ると、緑色のじゅうたんが一面に広がり、牛の群れが姿を現す。住民は避難しているが、田畑には雑草がほとんどない。
 牛の世話をしているのは二本松市の仮設住宅に住む農業渡部典一さん(56)。近所だった農家6世帯から預かった牛を含む70頭を共同牧場の形で管理し、草を食べさせている。仮設住宅から1日置きに通う。
 事故後、国から殺処分の指示が出たが、仲間と話し合って「経済的な価値がなくなったから処分というのでは、むごすぎる」と飼育を続けた。処分を免れるため考えたのが、牛による農地保全だった。
 「処分したら被ばくした動物の記録は一切残らない。牛にも生きる意味が必ずある」と、今は岩手大などの研究チームが進める被ばく調査に協力する。
 小丸地区は観光名所の高瀬川渓谷に近く、山菜などを目当てに町外から訪れる人も多かった。いわき市の会社員鈴木正秀さん(63)も引きつけられた一人。土地を求め、ハーブを栽培しアーモンドの木などを植えていた。老後の夢は地区に喫茶店を開くことだった。
 「きれいな小丸地区が汚されたのは残念でならない。沈着した大量の放射性物質が他の地域に影響を与えないかも心配。賠償よりも除染をしてほしい」と、牛しか暮らさなくなった地区の再生を願っている。


2015年05月25日月曜日

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