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古墳ではなく集落跡から副葬品 国内初

焼失した痕跡の残る竪穴建物跡。権威の象徴である副葬品が、集落跡から大量に出土した=2014年12月、栗原市築館の入の沢遺跡

 宮城県栗原市築館にある古墳時代前期(4世紀)の入の沢遺跡から、勾玉(まがたま)や鉄製品など多種大量の副葬品が出土したことが8日分かった。権威の象徴である副葬品が古墳からではなく集落跡からまとまって見つかったのは、国内初という。大和政権勢力圏の北辺に当たり、政権に連なる勢力のリーダーが住んだとみられる。同日現地を視察した日本考古学協会員は「古墳文化を知る上で画期的な遺跡。当時の有力者の日常などがうかがえる」と意義を強調した。

 藤沢敦東北大総合学術博物館教授(日本考古学協会埋蔵物保護対策委員会副委員長)、近藤英夫東海大教授、松木武彦国立歴史民俗博物館教授ら6人が現地と、出土品のある東北歴史博物館などを視察した。
 県教委が昨年4〜12月に発掘調査した。この地域は縄文文化の流れをくむ北方の集団と境を接し、交易や摩擦があったと推測される。深い溝に囲まれた集落跡は、大和政権につながる有力者が住んだとみられ、古墳時代前期で国内最北の銅鏡のほか、ガラス玉や鉄器など幅広い種類の数百点が出土した。
 取材に応じた藤沢教授らは、集落跡から当時の権威の象徴が多種大量に出土したことを「画期的」と評価。「当時の有力者の姿、(大和政権勢力圏の)北の端と外部勢力との関係を知る上で重要な手掛かりになる可能性がある」と指摘し、祭祀(さいし)の在り方、副葬品の管理方法など古墳時代の文化解明に期待を寄せた。
 これまで古墳時代の遺跡では、有力者の建物跡から権威を表すものが大量に出土した例はなく、古墳の副葬品から普段の姿を類推するしかなかった。
 遺跡は国道4号築館バイパス建設予定地にある。同協会埋蔵物保護対策委員会は20日、東京で理事会を開き、県教委や栗原市教委に対し、遺跡の保存を要請する方針を決める見込み。
 藤沢副委員長は「バイパスの必要性は理解している。考古学上貴重な遺跡なので、何とか工夫して残してほしい」と訴えている。


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2015年06月09日火曜日

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