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<宮城沖地震37年>37.1年間隔今は「不明」

1978年の宮城県沖地震で1階部分が押しつぶされたビル=仙台市宮城野区苦竹

 1978年6月12日に発生したマグニチュード(M)7.4の宮城県沖地震は、28人の命を奪い、生活インフラに大きな被害をもたらした。宮城県沖地震には周期性がある。2011年に東日本大震災が起きた後、発生確率は「不明」となったが、震災前の平均発生間隔は37.1年だった。ことしはちょうどその37年後の「6.12」となる。次の宮城県沖地震を含め東北で想定される大地震や耐震対策をあらためて考える。

 30年以内に99%の高い確率で発生するとされた宮城県沖地震について、政府の地震調査委員会は「東日本大震災(M9.0)の後も地殻変動が継続しており、発生確率は『不明』」と評価したままだ。専門家は「いつ起きるか分からない」と指摘し、東日本大震災の本震に対するM8規模の最大余震も含めて警戒を呼び掛けている。
 東日本大震災と1978年に発生した宮城県沖地震の震源域は地図の通り。
 想定宮城県沖地震は、日本海溝西側の「プレート(岩盤)境界型地震」に区分される。太平洋プレートが陸側プレートの下に沈み込む過程で、アスペリティと呼ばれる固着域のひずみの蓄積が限界に達すると、プレートが急激に滑り地震になる。
 過去の記録や観測などから宮城県沖で平均37.1年周期でM7.5程度の地震が繰り返されているとして、より東側の震源域も連動してM8規模になる地震も含めて発生が想定された。東日本大震災が発生した2011年は、78年の前回の宮城県沖地震から33年目で確率が高まっていた。
 ところが、11年の本震の震源域は宮城県沖も含め広い範囲に及んだ。大地震後に震源域の周辺がゆっくり滑る「余効滑り」が続き、アスペリティの固着状態が把握できず、地震調査委員会は現在、宮城県沖地震の発生確率を算出できていない。
 東北大地震・噴火予知研究観測センター長の松沢暢教授(地震学)によると、本震によって、宮城県沖地震の想定震源域も十数メートルほど滑ったという。過去の地震の2、3メートルを大きく上回る数値だ。
 松沢教授は「宮城県沖地震は今後100年起きないモデルもあるし、すぐに起きてもおかしくないモデルもある」と指摘。「(今の観測技術では)アスペリティの絶対的なひずみ量は分からない。余効滑りの影響を正しく押さえることも難しく、発生して初めて知見が得られる」と話す。
 研究者らは、まだ起きていない東日本大震災の最大余震に対しても警戒を強めている。
 本震の震源域の南北隣接地域に当たる岩手青森沖、房総沖に加え、日本海溝東側で発生する「アウターライズ地震」を警戒する。1896年の明治三陸大津波を起こした地震から37年後に起きた昭和三陸津波の地震も、明治の地震に関連するアウターライズ地震だったとも指摘されている。
 松沢教授は「東日本大震災の余震は最低あと数年、影響は数十年続く。しばらくはM7の地震が毎年1度は起きてもおかしくない」と警鐘を鳴らす。


2015年06月12日金曜日

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