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開拓地「北のパラオ」万感 両陛下歓迎へ

色鮮やかなマリーゴールドをプランターに手際よく植える女性たち

 天皇、皇后両陛下が17日訪問される蔵王町の北原尾地区で、出迎えの準備が進み、歓迎ムードが高まっている。戦時中、日本の統治下にあったパラオで生き抜き、終戦で引き揚げた人々が懸命に開拓した「北のパラオ」は、今や酪農と高原大根で知られる農業地帯に。開拓魂を胸にしっかり根付いた23世帯、76人は戦後70年の節目に、万感の思いで当日を心待ちにする。

 地区の集会所前で12日、地元の女性5人がオレンジや黄色のマリーゴールド100株をプランター30個に植えた。両陛下が視察する記念碑「開魂」の周辺に当日置き、彩りを添える。
 太平洋戦争の激戦地、パラオから引き揚げた32世帯が、町の西部に入植したのは1946年春。雑木が生い茂る原野に家を建て、食料も農機具も乏しい中、手作業で農地を切り開いた。
 家族で酪農を営む玉根金子さん(72)は50年前に結婚して北原尾に。「木の根っこを掘り起こすのが大変。一つずつロープをかけて引っ張って更地にした」と振り返り、「昔の苦労が消えるくらい、本当に光栄なこと。心を引き締めて両陛下を歓迎したい」と話す。
 北原尾の命名者は、パラオにあった行政機関・南洋庁の拓殖部長、戦後は宮城県知事を務めた故高橋進太郎氏=白石市出身=。「パラオを忘れないように」との思いを込めた。
 両陛下は4月、戦没者慰霊のためパラオを訪問するに当たり、北原尾にも関心を寄せたという。北原尾農事組合の工藤静雄組合長(73)は「何と言っても地名のおかげ」と明言する。
 パラオ生まれの工藤さんは、住民2人と共に両陛下と懇談する。「両陛下のそばで一緒に話したいのがみんなの本音だが、私は感謝の言葉を申し上げ、北原尾に来た事情を説明したい」と落ち着いた様子で語る。
 北原尾に入植した1世は昨年、最後の1人が他界した。工藤さんは「もし1世の方々が健在だったら、さぞかし喜んだだろう」と先人の苦労を思いやった。


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2015年06月13日土曜日

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