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<原発賠償と分断>交渉自治体が主導を

[むらかみ・たつや]常陽銀行勤務を経て、97年〜13年に茨城県東海村長。福島第1原発事故後は、村にある日本原電東海第2原発の再稼働に反対し「脱原発をめざす首長会議」の世話人に就いた。

◎(下)元茨城県東海村村長 村上達也氏

<風評被害は今も>
 −1999年にJCO臨界事故が起きました。
 「放射能汚染がほとんどなかったにもかかわらず、翌日には『農産物が売れない』と連絡が相次いだ。村特産の干し芋は売り上げが8割減った。近隣市町村だけでなく、風評被害は県全域に及んだ。風評被害が今も残っていると感じている村民もいる」

 −営業損害に対する賠償は十分でしたか。
 「JCOは10キロ圏内で1カ月分の損害を補償するという基準を打ち出したが、被害の実態とかけ離れていたため村民が猛反発した。その後、補償期間は2カ月に延びたが、村は県とは別に交渉を行い、期限を設けず、損害が生じれば補償するよう要望し、JCOと協定を結んだ」

 −営業損害賠償について、福島でも被害が続く限り賠償するべきだとの声が上がっています。
 「一定の線引きをしなければ交渉が始まらない面もあるが、風評被害は個々の事情によって規模も継続する期間も異なる。まして福島では地域間で避難状況に違いが大きく、賠償を一律に終了すれば住民が不幸になるのは当然だ」
 「そもそも、原子力災害における賠償がどうあるべきか十分な議論がなかったのが問題だ。国も電気事業者も原発推進を見直すつもりがなく、事故を一刻も早く幕引きにすることしか考えていない。JCO事故当時も今も、住民を守るという姿勢が感じられない」

<地域産業育たず>
 −賠償の継続が自立を妨げるとの意見もあります。
 「もともと原発立地自治体は構造的に原子力マネーに依存してきた。農林水産業も商業も育たず、伝統や文化は消え、地域の誇りが失われた。原発事故による汚染と長期避難によって、福島ではさらに多くの地域が金に依存せざるを得なくなっている。事態はより深刻だ」

 −賠償はいかに進められるべきでしょうか。
 「個別の事情に応じるのが大事だが、福島の事故は規模が大きく、一人一人に合わせた賠償は難しい。せめて地域ごとに異なる賠償基準が必要ではないか」
 「避難区域を抱える市町村の働きが重要になる。首長や役人は住民の代弁者だ。住民の現状を把握し、思いをくみ取り、自治体が前面に立って交渉していかないといけない。町や村が住民に寄り添って行動しなければ、国や東電は画一的な対応しか取らない。被災者の自立も遠くなる」
(聞き手は福島総局・高橋一樹)

[JCO臨界事故]1999年9月30日、茨城県東海村の核燃料加工会社「ジェー・シー・オー(JCO)」で起きた。大量のウラン溶液を沈殿槽に投入したために発生し、臨界が20時間続いた。従業員2人が死亡し、住民ら600人以上が被ばくした。現場から半径350メートル以内の住民に避難勧告が出された。


2015年06月16日火曜日

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