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<福島商圏喪失>賠償終了見据え必死

トラックに食品を積み込む伊藤さん。人手不足のため、配達も社長の仕事だ

◎原発事故の現場(下)模索

 何もしないでいるのが結局、一番得なのかもしれない−。赤字の帳簿を見るたびに、再生への決意が揺らぎそうになる。

<新規開拓に注力>
 福島県浪江町で食品卸会社「伊藤商店」を営んでいた伊藤健秀さん(52)は原発事故から半年後、南相馬市で事業を再開した。取引先の8割は避難したままだった。「地域の復興は地域の人間が担うべきだ」と気持ちを奮い立たせた。
 病院や介護施設など残っていた2割の納入先は、避難区域外の同業者に奪われていた。古くからの顧客に「今ごろ何しに来た」と追い返されることもあった。
 「新しい会社を立ち上げたと思えばいい」。悔しさを押し殺し、新規開拓に乗り出した。除染や廃炉に携わる建設会社のプレハブ事務所に飛び込み営業を掛けた。ことし3月には東京電力の給食センターとも納入契約を結んだ。「とにかく仕事が欲しい」。必死だった。
 取引先は事故前の3分の2の400社に回復し、売り上げも8割まで戻した。だが、取引先が点在しているため輸送費などの経費がかさんで赤字が続く。
 東電は営業損害賠償を2016年度まで支払い、その後は個別対応とする方針を示した。伊藤さんは、2年後に賠償が打ち切られる可能性が高いとみる。「賠償終了時期を先に示すなんて、患者をろくに見ずに処方箋を出すやぶ医者のようだ」
 賠償の後ろ盾がなくなれば、資金繰りの面から信用を失い、取引を打ち切られる恐れがある。「一刻も早く黒字にし、会社の信用度を高めなければならない」。怒りと焦りが募る。

<赤字解消されず>
 川俣町山木屋地区で、養豚など畜産施設の電気設備工事を手掛けていた「杉田屋電建工業」。山木屋や相双地区に大半の取引先があった。事故でその6割を失った。
 「従業員の生活だけは守らなければならない」。社長の紺野希予司さん(63)は避難指示が出ていなかった町中心部に作業場を移し、従業員8人と共に仕事を続けた。
 過去の取引先などに頭を下げ、畜産業者を紹介してもらい、新たな取引先を捜した。岩手や栃木など近県だけでなく、北海道や島根などにも出張して工事を行った。
 売り上げは少しずつ持ち直したが、遠距離の出張を増やすと経費がかさみ赤字は解消されていない。賠償で穴埋めする状況が続く。
 賠償終了を見据え、新たな生き残り策に踏み切った。事業の中心を取り付け工事から製造と販売にシフトするため、空調機器の制御盤を生産する新工場を山木屋に建設する。
 工場の操業開始は来年5月を見込む。「うまくいくかどうかは分からない。自立への道筋を付けるには、いま手を打つしかない」と前を向く。


2015年07月10日金曜日

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