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<川内再稼働>福島事故 忘れられたか

川内原発の正門前に立つ山崎テイ子さん。後方には1、2号機が見える

 鹿児島県薩摩川内市の九州電力川内原発1号機が11日にも再稼働する。4年5カ月前の東京電力福島第1原発事故で、鹿児島には福島から106人が避難した。放射能から逃れ、新天地で一歩を踏み出した避難者は着々と進む再稼働の動きをやりきれない思いで見詰めている。

<周囲は肯定的>
 あれだけの事故だったのに、もう忘れられたのだろうか−。再稼働が近づくにつれ、不信感は高まる。
 福島県白河市に住んでいた山崎テイ子さん(63)は夫博一さん(66)の故郷である薩摩川内市で暮らす。
 事故当時、体調を崩していた。落ち着いて過ごせるようにと2カ月後に引っ越した。市に紹介された市営住宅は原発から10キロほど。あまりの近さに抵抗感があったが、自主避難で家計は苦しい。
 原発作業員の宿舎で食事を作るパートをしている。原発関連の仕事に就くことに葛藤はあるが、他に働き口は見つからない。背に腹は代えられなかった。
 「原発が再稼働すれば仕事が増えるね」「作業員の人たちが戻ってきたね」。周囲は皆、再稼働に肯定的だ。「目先の損得感情では幸せになんてなれない。福島に行ってみればいい…」。同僚たちの会話に無言でつっこみを入れる。
 福島県双葉町に住んでいた遠藤浩幸さん(49)、緒美(ちよみ)さん(43)夫妻は子ども3人と鹿児島市に避難した。縁もゆかりもなかったが、子どもたちの被ばくを恐れ、1000キロ以上離れた地を選んだ。

<新基準に疑問>
 浩幸さんは東電の下請け会社に勤め、事故直後も2011年6月まで廃炉作業に当たった。現在は太陽光パネル設置などを手掛ける事業を営む。「新基準が本当に信用できるのだろうか。国はもう一度、安全神話をつくろうとしているように見える」
 報道を通して、鹿児島県知事や薩摩川内市長は当初から再稼働に「前のめり」な印象を受けた。その背中を押したのは住民らの「無関心」だと思っている。「福島の事故はテレビの中の出来事という感覚。結局は地元のことは地元の人が決めるんだ」
 双葉町の自宅は中間貯蔵施設の予定地になった。緒美さんは語気を強める。「放射能の不安におびえ、大切な場所を失う覚悟があるならいい。『賠償金もらっているんだろう』と非難されても耐えられるなら再稼働すればいい」
 鹿児島県内の福島県出身者は11年4月、避難者を支援しようと「うつくしま福島の会」を設立した。発起人の一人、霧島市で印刷会社を営む斉藤武夫さん(61)=双葉町出身=は、定期的に交流会を開き、避難者の悩みに耳を傾けてきた。
 「避難者は何度、原発に翻弄(ほんろう)されなければならないのか。落ち着いて生活できる環境を整えてあげてほしい」と切に願っている。(福島総局・桐生薫子)


2015年08月10日月曜日

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