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<避難解除問う>家屋の裏は別世界

地区の全戸を回り、家屋除染の検証測定をした菅野さん(左)と岩瀬さん=7月17日、福島県飯舘村比曽

 「この現状で帰れと言うのか?」。東京電力福島第1原発事故の被災地の避難指示を2017年3月に解除する−との政府方針に、全村避難中の福島県飯舘村から疑問の声が上がっている。地元の要望に沿わない除染と下がらぬ放射線量、集落消滅の危機にある共同体の再生、撤去時期未定のまま農地を占める仮々置き場。問題山積の中で帰村を迫られる住民の問いを、同村比曽地区から伝える。(編集委員・寺島英弥)

◎飯舘村比曽から(上)下がらぬ線量

<行政区が検証>
 「比曽行政区 放射線測定中」。こんな紙を貼ったバイクが、雑草が伸びた牧草地の道を戻ってきた。
 荷台の箱には放射線測定器。遠くに見える民家まで往復し、家の周りを徒歩で一巡し、線量を測った。
 飯舘村比曽の前区長、菅野啓一さん(60)がバイクを降り、相棒の岩瀬広さん(40)に測定器を渡した。
 3年前から地元の住民活動を支援する、つくば市の放射線専門家だ。測定経路のデータはその場でパソコンに入力され、画面に浮かぶ地区の地図上に載った。
 7月17日午後3時半。「これで比曽の約90軒の測定が全部終わった」と、菅野さんが一息ついた。測定は5月下旬から延べ5日間にわたった。昨年春から環境省が行った地区内の家屋除染の効果を、行政区が独自に検証する活動だった。

<「傾向は明白」>
 比曽は飯舘村南部、村唯一の帰還困難区域である長泥に隣接する。村内に15地区ある居住制限区域の一つだが「ここは高線量地区なんだ」と菅野さん。
 村の定点測定(宅地)の空間線量は、原発事故後の2011年4月の8.45マイクロシーベルト毎時から、ことし4月に2.54マイクロシーベルトに減った。が、政府の避難指示解除要件の年間20ミリシーベルト(毎時単純換算で2.28マイクロシーベルト)をなお超える。
 菅野さんはこの日の測定後、岩瀬さんと自宅に戻って、初めてそろった地区全体の数値をパソコンで見渡した。「傾向は一目瞭然だな」。家屋除染を終えた大半の家で、玄関側の線量は1マイクロシーベルト前後に下がったが、居久根(屋敷林)や山林に面した裏手を見ると、3〜4マイクロシーベルト強の数値が並ぶ。同じ家でも別世界の様相だ。

<実情に対応を>
 「原発事故から4年たった今も、木立に付いた放射性物質の影響が強い」と岩瀬さんは話す。環境省の除染では、家の居久根や裏山について林床の落ち葉など堆積物を除去するのみで、はぎ取りを行っていない。
 防風林を研究し、比曽で居久根を調査する辻修帯広畜産大教授は「落ち葉が林床で分解すると、放射性物質が葉から離れ、雨水で腐葉土層の下まで浸透する。表面の堆積物除去だけでは足りない」と分析した。
 比曽行政区は昨春、役員や元区長らの除染協議会を設け「高線量地区の実情に応じ、はぎ取りを」と環境省福島再生事務所に要望を重ねる。「比曽は農家が大半。家にこもっては生きられない。居久根も生活圏なんだ」と、除染協議会メンバーの菅野さんは言う。
 12年9月、自宅の居久根の除染実験を自ら行った。農閑期の土木工事で重機を操った腕で、林床を深さ十数センチはぎ取り、高さ約10メートルまで枝を切り、線量を9マイクロシーベルトから2マイクロシーベルトまで下げた。「俺たちが確かめたやり方で、再除染をしてほしい。17年3月の期限と住民の安全、どちらが大事なのか」

[メ モ]政府の避難指示解除要件の一つは、空間被ばく線量が年間積算で20ミリシーベルト以下になるのが確実なこと。福島第1原発事故後に採った暫定基準。長期的に「年間1ミリシーベルト(毎時0.23マイクロシーベルト)以下を目指す」とする。チェルノブイリ原発事故の5年後にできたチェルノブイリ法は、年間5ミリシーベルトを移住義務の一線とする。


2015年08月18日火曜日

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