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<避難解除問う>先見えず募る不安

水田を埋める約30ヘクタールの仮々置き場の造成現場と菅野さん=福島県飯舘村比曽

◎飯舘村比曽から(下)埋もれる農地

<広がる黒い山>
 トントントン。福島県飯舘村比曽の盆地の一角、赤いサイロがある民家の改築工事が進む。古い母屋が骨組みだけになっていた。
 「4代前の先祖が明治45(1912)年に建てた。ふすまを外すと『田の字』の広間になり、昔は結婚式も葬式もここでやった」。家主の農業菅野義人さん(62)は大黒柱をさすった。
 2011年3月の東京電力福島第1原発事故の後、飼っていた繁殖牛36頭を手放し、失意に沈んだ。が、「比曽に帰って農業を再生したい」と決意し、二本松市の避難先から通う。
 避難中に傷んだ母屋の改築では太い柱、はりをそのまま残す。「生業も家の歴史も共に、次代に引き継ぎたい」との願いからだ。
 だが、家を一歩出た外界の風景は残酷だ。盆地の中央には今、環境省が、除染作業で出る汚染土の袋を集積する仮々置き場を造成中で、菅野さんの水田2.1ヘクタールもその下に埋もれる。
 比曽の仮々置き場は広さ約30ヘクタールとされる。地区挙げて区画整理を行った水田の半分を同省が借り上げた。その一部で汚染土の黒い袋が積み上がっている。農地の除染がことし進むにつれ、黒い山も広がっていく。

<除染が長引く>
 「優良農地に置かれては復興を妨げ、見た人は帰村意欲をなくす。別の場所はないのか」。菅野さんは昨年11月、行政区の除染協議会で借り上げ要請に反対した。同じ思いの仲間と、せめて3年の期限をつけようとも訴えた。ずるずると居座られる懸念があった。
 その予想は当たった。5月27日にあった村幹部と比曽の住民の懇談会。今後の除染工事の工程表が示され、放射線量が低い2地区を除く、比曽など17地区で、政府が決めた「避難指示解除」時期の17年3月を超えて数年間、農地除染とその後の地力回復作業が長引くことが分かった。

<役に立たぬ砂>
 汚染土は同県双葉、大熊両町に建設される「中間貯蔵施設」へ搬出される予定だが、そこではまだ用地の契約さえ進んでいない。
 菅野さんら除染協議会は先日、農地除染(深さ5センチのはぎ取り)の後に盛られる土の見本を、環境省の現地担当者から見せられた。
 「黒い土ではなく、山の砂だった。水田が仮々置き場で埋まるなら牛の牧草地をまず再生させたいが、砂では何の役にも立たない」
 別の問題も農地に広がる。イノシシが餌を求めて至る所で土を掘り、汚染土を深さ30センチ前後もめちゃくちゃに混ぜる。環境省の基準通りの除染方法で対応できず、先の懇談会でも「そんな除染をされては困る。不安だ」と住民が訴えた。
 「17年3月で帰れと言われて生業をどうしろというのか。除染を終えて仮々置き場を撤去し、それから避難指示を解除するのが筋道ではないか」。政府は「復興」を早く宣言しようと、その筋道を切り離したのかと菅野さんは問う。宣言の先にあるのが「復興五輪」か。

[メ モ]仮々置き場は、当初飯舘村が村内で一本化した仮置き場の候補地を、環境省が「地理的に不適」として、代わりに地区ごとに借り上げた。「中間貯蔵施設」に搬出するまでの期間は明示していない。比曽だけでなく村内の多くの地区で山や牧野より造成工事が容易な農地が選ばれた。


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2015年08月20日木曜日

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