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<語り始めた子ども>「死無駄にしない」誓う

コンサートで被災校舎の保存を訴える佐藤さん。スクリーンには、津波が到達した午後3時37分で針が止まった大川小の時計の映像が浮かんだ

◎震災4年半(中)向き合う

 宮城県石巻市大川地区出身の佐藤そのみさん(19)は東京の大学に通う。古里を舞台にした映画を撮ることを目指して今春、親元を離れた。
 6月14日、東京都内であった復興支援コンサートに招かれた。1人で壇上に立ち、東日本大震災で児童と教職員計84人が犠牲になった母校、大川小にまつわる話をした。
 「当時6年生の妹が学校で津波に巻き込まれ、犠牲となりました。これからの命を守っていくためにも校舎を残したい」
 妹みずほさん=当時(12)=は通訳を志していた。妹のこと、母校の思い出。佐藤さんの話に約200人の聴衆からむせび泣きが漏れた。

<公の場で発言>
 佐藤さんが震災と向き合えるようになるには、3年近い時間を要した。そのころ、校舎が壊されるかもしれないという話を耳にした。「校舎には卒業生や亡くなった子どもたちの夢が詰まっている。死を無駄にしてはいけない」。そう心に誓った。
 卒業生の男女6人で昨年3月、「チーム大川」を結成、校舎を震災遺構として保存するため、公の場で発言してきた。
 ことし3月、住民団体「大川地区復興協議会」の説明会。校舎の解体を求める大人の訴えを初めて直接聞いた。「つらくてたまらない。校舎をなくし、静かに手を合わせて子どもたちと語り合える場にしたい」
 佐藤さんは胸が苦しくなった。「誰一人、間違ったことは言っていない」。長い時間をかけて話し合っていく必要のある難しい問題だ、と感じている。

<「耳を傾けて」>
 チーム大川の一員で石巻市の高校1年只野哲也君は今月1日、16歳になった。
 震災時は5年生。校庭にいて避難する途中、津波に襲われ、奇跡的に助かった。3年生の妹未捺さん=当時(9)=と母しろえさん=同(41)=、祖父弘さん=同(67)=を失った。
 それでも「自分たちと同じ思いをする人を今後出してはいけない」と、見聞きした事実や教訓をありのままに語ってきた。
 父英昭さん(44)は当初、九死に一生を得た息子をメディアに出していいのかどうか迷った。ただ、一生懸命取材に応じる姿に「これでいいのではないか」と思った。被災当時を反すうし、次第に強くなっていることが実感できたからだ。
 「大切な人を亡くした現実はつらく、逃げ切れるものではない。大事なのは現実と向き合い、喜怒哀楽を表現すること。話を聞いてほしいという子どものサインに気付き、耳を傾けてほしい」
 英昭さんの、大人たちへの呼び掛けだ。


2015年09月08日火曜日

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