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<その先へ>故郷の味 新天地でも/エゴマ 初の収穫間近

エゴマ畑で不要な葉を摘み取る石井さん=福島市

◎福島県浪江町元職員、農業 石井絹江さん(福島市)

 エゴマの葉が風に揺れる。花が咲けば、次はいよいよ収穫だ。「古里とは気候も土も違う。以前のような黄金色の油が絞れるかどうか…」。福島市の石井絹江さん(63)は、新天地で切り開いた畑を、期待と不安が入り交じった気持ちで眺める。
 東京電力福島第1原発事故に伴い全町避難する福島県浪江町の津島地区で生まれ育った。高校を卒業して町職員となり、3人の子どもを育てながら仕事を続けた。1999年に産業振興課に配属され、当時計画されていた直売所の開設を任された。
 農家と町の橋渡しで地域を走り回る日々。「ここは野菜、向こうは卵…」。五つの直売所ごとの「売り」を決め、パンフレットを道の駅などに置いてPRした。
 地元の食材や畑作りを教わるうち、多くの農家と親しくなった。津島では朝晩の寒暖差で作物がよく育ち、山ではキノコも山菜もたくさん採れることをあらためて知った。自然の恵みで生計を立て、収穫の喜びを分かち合う暮らしにひかれていった。
 自宅の庭先でブルーベリーを育て始め、自前で瓶詰め用の作業場も作った。いずれは本格的に畑を開き、仲間の農家と津島で暮らし続けたい−。退職直前の2011年3月、ささやかな夢は原発事故で打ち砕かれた。津島は帰還困難区域に指定され、許可なしには足を踏み入れることさえできなくなった。

 「全て元の状態に戻るには100年かかる」。農家仲間は離散し、故郷での生活はどんどん遠ざかっていく。
 それでも、畑への愛着だけは消えなかった。「津島の味を絶やしたくない。津島の直売所で看板商品だったエゴマ油を作ろう」と思い立った。畑にする土地を求め、避難先の福島市周辺を歩き回った。

 昨年、福島市内に約25アールの耕作放棄地を確保した。伸び放題の雑草や大量のごみを片付け、土を入れ替えた。ことし7月、エゴマの苗を植えた。津島での耕作同様、肥料は米ぬかだけにした。
 10月末ごろ、約400キロの収穫を見込む。津島から避難した知り合いの農家に搾油してもらい、ドレッシングなどに加工して販売する予定だ。
 「全国に散らばった津島の農家仲間に元気でいることを伝えたい。仲間たちが一歩を踏み出す励みになればうれしい」。そんな願いを込め、収穫の日を待つ。(高橋一樹)


関連ページ: 福島 社会 その先へ

2015年09月10日木曜日

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