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<検証命の現場>訪問医療 マニュアル崩れる

釜石市災害対策本部医療班の発足を決めた庁議。市長や地域の医師会長、歯科医師会長らが連携を確認した=2011年3月16日(寺田さん提供)

 東日本大震災という未曽有の災害を経験した訪問医療は、在宅患者の命を守るため、どんな教訓を得たのか。

 訪問看護を行うウェルファー(岩手県釜石市)社長の斉藤裕基さん(55)は「震災前のマニュアルは使い物にならなかった」と話す。車が使え、電話がつながり、カルテがある前提は全て崩れた。
 緊急通行車両章の必要性を強く感じたという。通行が制限される緊急交通路への乗り入れが可能となり、給油も受けやすい。
 斉藤さんらの車が緊急車両扱いになったのは震災の3日後。それまでは患者の安否確認をしようにも車を止められるケースが多かった。迅速に取得するため事前届け出制度の周知と理解も肝要となる。
 連絡手段としては全患者への衛星携帯電話配備が一つの答えになる。しかし経費的に難しい。非常時に出勤できる職員確保の問題もある。事業者の動ける態勢づくりには限界がある。
 「救急車や医師を呼べないのが大災害。自らと地域で支え合うコミュニティーケアの確保が生存につながる」。斉藤さんの施設は井戸や太陽光発電の導入、地元農家との食料供給協定の締結を進める。患者には病気や薬のデータを丈夫なペットボトルに入れる災害カプセルの自作を勧める。
 震災では訪問医療の担い手が災害時に果たせる役割も見えた。
 外での活動をいとわない。在宅でも可能な医療技術がある。地域の人と地理に詳しい。看護や介護、専門医、行政など多職種の連携が得意…。釜石ファミリークリニック院長の寺田尚弘さん(52)は在宅医の強みを挙げる。いずれも災害時に必要な能力といえる。
 寺田さんは震災当時、釜石医師会災害対策本部長として、市災害対策本部医療班を運営し、全国から集まった医療支援チームの配置調整を担った。
 各地に散らばる避難所に医師を割り振った。薬剤師には薬の配達、服薬指導を依頼した。情報に応じて専門医やリハビリ専門職、ヘルパー、ケアマネジャーらを派遣した。
 有事の医療を平時化する。寺田さんが掲げた方針だ。「避難所を患者宅に置き換えれば、在宅医の通常業務と変わらない」。医療過疎に悩む釜石では平時から連携に努めなければならない。積み重ねが生きた。
 がれきの下で高度な救命医療を展開する能力は在宅医には必要ないし、任でもないと考える。
 「有事の医療をコーディネートし、復興期の医療に円滑につなげる。地域包括ケアの在り方を示す」。在宅患者に密着する訪問医療の責任と役割は大きい。


2015年09月16日水曜日

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