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<検証命の現場>訪問体制壊滅 介護者も犠牲

阿部山さん(左)の仮設住宅を訪問した斉藤さん。体調や生活状況を確認し、よりよいケアにつなげる=岩手県大槌町

◎震災4年半(4)在宅患者

 東日本大震災は訪問医療の機能を奪い、在宅患者の命と健康を揺さぶった。
 岩手県沿岸部の6市町と宮城県気仙沼市で訪問看護を展開する岩手県釜石市のウェルファーは、釜石と同県陸前高田市、同県山田町にあった事業所を津波で全て失った。
 「震災直後はほとんど動けなかった」。社長で看護師の斉藤裕基さん(55)は回顧する。
 道路はがれきに埋まり、電話は通じない。人工呼吸器やドレーン(排液管)を付けた医療依存度の高い患者は、状況確認が急務だったが、かなわなかった。

<自ら手で動かす>
 その一人、慢性閉塞(へいそく)性肺疾患の阿部山義正さん(76)は岩手県大槌町の自宅を津波で失った。共に障害のある妻と2人暮らし。町内に住む娘夫婦の助けで辛くも逃げられたが、常時必要な人工呼吸装置は運び出せなかった。
 避難した県立大槌病院は浸水で機能を喪失。震災2日後の13日に移った県立釜石病院は、発電機が不調だった。14日に内陸部の病院に移送されるまで約3日間、阿部山さんはほとんど一人で手動式の人工呼吸器を自ら押し続けた。「うつらうつらとして、苦しくなると目が覚めて手を動かした」と話す。
 陸前高田市では、避難所で2日間過ごし、病院に運ばれ震災1週間後に亡くなった70代の利用者がいた。終末期で自宅でのみとりを希望していた。
 ウェルファーの斉藤さんは「避難状況は後で分かった。震災がなく訪問を続けられれば、もう少し延命できたかもしれない」と語る。

<要介護度と比例>
 震災は在宅患者が災害弱者だったことを如実に示した。
 釜石ファミリークリニックには当時、釜石市内に307人の在宅患者がいた。このうち津波の犠牲者は41人。犠牲者比率は13.3%に達し、市全体の2.6%を大きく上回った。
 介護する家族も21人が在宅患者と一緒に亡くなった。うち要介護度5の患者を介護していた人が48%を占め、要介護度が上がるにつれ、介護者の死亡率が高まる傾向が浮かび上がった。
 同クリニックは診療所が被災し、往診車も流された。「あの規模の災害で成り立つ訪問診療はあり得ない」と院長の寺田尚弘さん(52)。適切な避難情報を在宅患者とその家族にどう伝えるか、介護者の巻き添えをどう減らすかを、むしろ考えなくてはいけないと指摘する。
 「高齢の患者と介護者は判断力が低下しがち。隣人のひと言があれば、助かる人が増える可能性はある。介護者の安全は社会全体で尊重しなければいけない。避難優先の行動を肯定する倫理的背景がないと悲劇はなくならない」。極限下で活動した寺田さんは提言する。


2015年09月16日水曜日

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