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<その先へ>帰村の形 独自に模索/縁生かし 共に生きる

いまは仲間になった住民たちと語り合う木幡さん(右から2人目)=福島市の松川工業団地第1仮設住宅

◎仮設住宅自治会長 木幡一郎さん(福島県飯舘村)

 東京電力福島第1原発事故で全村避難する福島県飯舘村の住民が暮らす福島市の仮設住宅の自治会が、2017年3月までの避難指示解除を前に、帰村の形を独自に模索している。明治大の研究者の支援を受け、「仮設で培った縁を生かす公営の集合住宅を設けて」と村に要望した。願うのは、帰村の思いが強い高齢者らが集い、家族と離れても孤独死の不安がなく、支え合って暮らせる場だ。
 福島市松川町の松川工業団地第1仮設住宅(117世帯)の自治会長、木幡一郎さん(79)らが住民の声を要望書にまとめた。3月に村役場に提出したが、回答はまだない。避難指示解除後の生き直しの選択を迫られるいま、「真剣に検討してほしい」と言う。
 求めているのは、プライバシーを保てる平屋の一戸建てが集まった公営住宅の村への整備。住民の会合やイベントを催せる集会所や広場を備え、介護が必要になった人の世話に対応できる施設に−と提案する。
 「買い物や通院に使えるバスの運行や移動販売などの生活支援があり、見守る管理人もいる。お楽しみ会を催し、家族や村の友人たちも来る。独居や夫婦の高齢者が共に支え、笑い、自給自足の農業を楽しむ」。木幡さんが描く帰村だ。

 自治会は平均年齢が70歳を超え、半数が独居。お楽しみ会は11年8月の開所後、古里を離れて意気消沈し、居室にこもる住民を元気にしようと毎月、元管理人の佐野ハツノさん(67)らと始めた演芸の集いだ。
 「苦楽を分かち合った縁を帰村後に生かしたい。他の仮設住宅にも同様の希望者がいるはずで、村の小学校学区ごとに集合住宅を設けては」と提案する。
 支援するのは服部俊宏明大農学部准教授(農村計画学)と学生たち。11年秋に仮設を訪ね、わらじ作りを学んで以来、草刈り応援などの交流を重ねる。住民の望郷の念と悩みを知り、昨年春から意向調査や要望の取りまとめを手伝った。
 「家族も隣人も生き場所はばらばらで、元の生活に戻れず、村の相互扶助は失われた。帰りたいが年を取れば1人で暮らせない。仮設のコミュニティーを持ち帰れたら、と住民は思っている」と服部さんは話す。

 避難指示が解除されれば、税や医療費、介護保険料の減免措置も打ち切られる可能性があり、年金生活者の不安は大きい。「自分は農家。野菜のハウス栽培くらいできる。それを仲間に広げれば、一緒に食べていける。花の栽培も大丈夫。長年の経験、知恵はある」
 集合住宅入居に手を挙げる住民はまだ十数人だが、「新しい帰村の場が生まれれば、帰りたい人は増えるはず。その選択肢を村は認めてほしい」と訴える。(編集委員・寺島英弥)


関連ページ: 福島 社会 その先へ

2015年10月18日日曜日

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