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田んぼリンク復活へ 除染終了「歓声再び」

リンクの草を取り除くなど整備を進める菅野さん
震災前に開かれた「氷上フェスティバル」=2011年1月25日(山木屋小学校提供)

 東京電力福島第1原発事故で避難区域となっている福島県川俣町山木屋地区で来年1月、「田んぼリンク」が復活する。冬季の水田を利用した天然のスケート場で、東日本大震災による休業まで30年近く町民が管理してきた。川俣スケートクラブの菅野十一会長(78)らが「子どもたちの歓声を再び」と期待を胸に再開準備を進めている。

 田んぼリンクは1983年、地区活性化の目玉として町主導で設けられた。収穫後の水田50アールを耕して水を張り、最低気温が氷点下15度になる1月上旬〜2月に滑れるようにした。トイレと休憩所、貸し靴棚も設置。小中学校の体育の授業や、町で組織したクラブの練習に使われていた。
 「期間中は毎日のように子どもたちであふれた」と菅野さん。クラブには地元小中学生ら計300人が所属し、国体の代表選手を120人輩出した。住民にも開放されたリンクは山木屋の冬の風物詩だったという。
 2011年3月、東日本大震災と原発事故で地区住民は全員避難。「子どもも、交代で管理してくれた保護者もいなくなり、放射能汚染で近づくこともできなかった」。放置されたリンクは荒れ果てた。
 原発事故から4年半余り。当時のリンクを覚えている児童は減った。それでも菅野さんらは「他の地域にはない特別な場所。なくしてしまうのは惜しい」と復活を模索してきた。
 除染がことし春に終了したのを機に、町と「田んぼリンク復活事業実行委員会」を設けて協議。ついに10月、国の補助金適用が決まって再開のめどが立った。
 休憩所は一新し、貸しスケート靴50足を新調する。5年ぶりに水を張り、暖冬でなければ来年1月上旬の完成を見込む。1月30、31日には記念イベントを開き、スピードスケートの98年長野五輪金メダリストの清水宏保さんを招く予定。利用料は再開後2シーズンは取らない方針だ。
 町の計画では、山木屋地区の避難指示は来春解除される。「帰還のための生活環境が整わない中、リンクに金を掛けている場合かとの声もある。でも、集まった子どもが楽しみ、どんどん友達を呼んでくれれば、子育て世帯が帰るきっかけにもなるはずだ」。菅野さんは、リンクが再び山木屋のシンボルになる日を思い描く。


2015年11月01日日曜日

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