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<全町避難5年目>交渉手詰まり 遠い決着

帰還困難区域にある津島小。原発事故当時、町民の避難所となった=10日、福島県浪江町

◎福島・浪江のいま(下)ADR不調

 福島県浪江町役場から北西25キロの津島地区。紅葉が見ごろの帰還困難区域の山あいに無人の学校がある。
 町立津島小。東京電力福島第1原発事故前は58人が通っていた。いまは児童の姿はない。聞こえるのは落ち葉がこすれる音だけだ。昇降口のモニタリングポストは毎時2.2マイクロシーベルトを表示する。事故当時、津島地区は300マイクロシーベルトあった。
 原発事故が起きた2011年3月12日、放射能から逃れようと周辺住民約8000人が津島地区に避難した。放射性物質の拡散を予測する緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)のデータは公表されず、高線量地区と知らされたのは3日後。再び避難が始まるまでの4日間、住民は屋外で炊きだしを行い、子どもたちは校庭を走り回った。

 13年5月から順次、住民1万5546人が無用な被ばくで精神的苦痛を受けたとして、東電に1人月10万円の慰謝料を35万円に増額するよう、原子力損害賠償紛争解決センターに和解仲介手続き(ADR)を申し立てた。
 センターが町に和解案を示したのは翌14年3月。避難の長期化で生活環境が悪化し、精神的負担が重くなったとの理由で、12年3月〜14年2月の2年間に限り月5万円上乗せするとの内容。75歳以上には11年3月〜14年2月までの3年間、さらに月3万円支払う。
 これに対し東電は、国の原子力損害賠償紛争審査会の賠償基準(中間指針)と照らし合わせ、「浪江町民というだけで一律増額は認められない」と反論し、受け入れを拒否している。
 東電が懸念したのは他の避難市町村への波及だ。約8万人の避難者に月5万円の増額が認められれば、総額は数百億円に上る。
 和解案が出た当時の町の担当者は「ADRに法的拘束力がないのが問題だ。交渉の終期が見えなくなっている」と憤る。和解案提示からことし5月までに、202人の申立人が決着を見ないまま死亡した。

 ことし9月には手詰まり状態を打開しようとの動きも出始めた。津島地区の住民32世帯117人が慰謝料の増額を求め、福島地裁郡山支部に提訴した。
 原告団団長の今野秀則さん(68)は語る。「自然や文化、地域のつながり、健康不安…。われわれはあまりに多くのものを失った。国や東電に必ず過ちを認めさせたい」
 町長選に立候補しているのはいずれも無所属で、新人の元町議会議長の小黒敬三氏(59)と元副町長の渡辺文星氏(65)、3選を目指す現職の馬場有氏(66)。ADRについて小黒氏は「東電との交渉を加速させ、早期決着を図る」と主張。渡辺氏は「行政区単位であらためて提訴することも視野に入れる」とし、馬場氏は「紛争審査会に解決をさらに働き掛ける」と訴える。


2015年11月13日金曜日

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