宮城のニュース

<女川原発>再稼働 町民の是非揺れる

 東北電力女川原発の再稼働の是非をめぐり、女川町民の判断が揺れている。雇用や町の財政を支えてきた発電所との共存を容認する声がある一方、東京電力福島第1原発事故を踏まえ「命が最優先」と決別を求める向きがある。九州や四国で再稼働への同意が相次ぐ中、三陸の港町の民意が重みを増している。
 女川原発は東日本大震災で被災し、今も冷温停止中だが、東北電社員や協力企業従業員ら2000人以上が働く。1号機は1984年、2号機は95年、3号機は2002年に営業運転を始めた。
 町中心部に住む70代男性は2、3号機の建設に左官として携わった。「作業は過酷だったが、給料は高かった」と振り返り、「原発は国のエネルギー政策を支えてきた。電力を安定的に供給するには再稼働はやむを得ない」と語る。
 10月末現在の町人口は6911で震災当時より3割減った。単独町制を続ける町にとって、原発関連の収入は貴重だ。電源3法交付金は14年度、約8億円が交付された。使い道は医師や看護師の人件費補助やごみ収集、町役場庁舎建設など多岐にわたる。
 原発の近くで生活する高齢男性は「原発関連の税収などで地域の道路が整備され、子どもがバス通学できるようになった」と恩恵を強調する。男性は幼少時、船で通学していたという。
 東北電はことしに入り、1〜3号機で震災後の設備点検記録に約4700件の不備があったと公表した。半径5キロ圏で暮らす男性は「東北電は福島の事故を対岸の火事と考えているのだろう」と不信の念を抱く。
 2号機について東北電は、17年4月以降の再稼働を目指す。町の行政区長の一人は「町内の再稼働の賛否は割れている。住民の多くは原発は危険だと認識している」と打ち明ける。
 70代女性は町内にあった原発作業員の宿舎に約10年間勤め、作業員の料理を作っていた。「原発に対する思い入れはあるが、再稼働してほしいとは言えない。命には替えられない。(原発事故が起きた福島の状況は)明日はわが身」と再稼働には慎重な判断を求める。


関連ページ: 宮城 政治・行政

2015年11月14日土曜日

先頭に戻る