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神戸で被災の会社員 飯舘再生に奮闘

仮設焼却炉を前に、村の復興に携わる思いを語る井土さん=福島県飯舘村

 東京電力福島第1原発事故に伴い全村避難する福島県飯舘村で、20年前に阪神大震災を経験した神戸市の会社員井土俊輔さん(53)が、復興業務に奮闘している。村内の片付けごみの量を減らす仮設焼却炉の運営責任者に就いて1年半。「未曽有の災害は人ごとではない」。震災から立ち上がった神戸の姿を重ね合わせ、村の再生にかける。

 2011年3月、原発事故で古里を追われる住民をテレビで見た。自宅を失い家族が離散する姿に、つらい記憶を思い出した。
 阪神大震災が襲った1995年1月17日。崩れた壁の下敷きになった。避難所を転々とする日々を送った。長野県の実家に戻っていた妻と生後間もない娘には、7カ月間会えなかった。
 「大災害を経験したからこそ、東北の被災地の力になりたいと思った」
 赴任したのは14年5月。勤め先の環境プラント会社などで構成する共同企業体(JV)が飯舘村の仮設焼却炉事業を受注した。避難区域での業務だったが、迷わず手を挙げた。
 初めて見る全村避難の風景に息をのんだ。時間が止まったようだった。伸び放題の雑草が広がっていた。
 「福島に比べて、神戸は再建の動きが速かった。復興を日々実感できていた」
 村は17年3月までの避難指示解除を目指す。仮設焼却炉は村内の片付けごみなどの容積を約5%に減らすのが目的。井土さんは25人の従業員を束ね、炉の安全な運転を進める。
 放射性物質を含むごみを処理する焼却炉には反対の声も少なくない。複雑な思いを抱えるが、見学に訪れた住民から感謝状を贈られ、励まされたこともあった。
 「社命ではなく、従業員みんなが使命感を持って仕事をしている」。荒れ果てた古里再生の一翼を担っているという自負が井土さんたちの心を支えている。
 6000人以上の犠牲者が出た阪神大震災の痕跡を、街で見ることは今やほとんどない。
 「原発事故で傷ついた村が元に戻るには時間がかかるだろう。でも必ず苦境を乗り越えられるはずだ」。井土さんは固く信じている。


2015年11月23日月曜日


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