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<原発避難双葉を撮る>帰還困難実情を伝える

アンソニーさんが14年2月に撮影した作品「ピアニスト」
町立学校の文化祭で子どもたちを見守るアンソニーさん(左)とフィリップさん。会場には2人が撮った写真40枚が展示された=10月31日、いわき市

◎(中)2人のALT アンソニーさんとフィリップさん

 55枚のモノクロ写真が突き刺すように「帰還困難」の現実を伝える。つぶれた家、道路を切り裂く草。タイトルは「HOME TOWN(ホームタウン)」。ことし茨城と東京、埼玉で展示し、反響を呼んだ。

<町民と共に行動>
 撮影は、共に福島県双葉町の外国語指導助手(ALT)で、英国人のアンソニー・バラードさん(51)とフィリップ・ジェリーマンさん(34)。月1回は町に入り、その姿を記録する。
 アンソニーさんは2008年、フィリップさんは09年に赴任した。東京電力福島第1原発事故。2人は町民と一緒に埼玉県加須市へと避難する。
 「町の人に優しくしてもらっていた。一緒にいたいと思った」(アンソニーさん)、「友達から『子どもたちをよろしく』と頼まれ、『イエス』と答えたからね」(フィリップさん)
 事故前、2人はいつも学校で子どもたちを撮っていた。写真が趣味のアンソニーさんが始め、いつしか2人は学校カメラマンの役割も担うようになった。
 2011年7月。アンソニーさんが事故後初めて双葉町に戻るとき、1人の女子生徒に頼まれた。「私の家の写真を撮ってきて」。15歳未満は町に立ち入れない。無人の荒れ果てた町。女子生徒の家も草だらけだったが、写真を見た彼女は「私の家だ」と喜んだ。
 14年2月に撮影で町に入り、その家の前を歩いていると呼び止められた。高校生になった彼女だった。防護服姿で、手袋をはめたままピアノを2曲弾いてくれた。シャッターを切った。
 町に通い続けるうち、中学校のテニスコートが除染廃棄物の黒い袋で覆われ、「つらく悲しかった」。
 ことし5月の水戸市での展示会には、いわき市に避難する中2の女子が訪れ、入ることのできないモノクロの古里を見詰めていた。
 アンソニーさんは言う。「都会などでは双葉町の状況が分からない。泊まれると思っている人さえいる。小中学生は1度も(帰還困難区域の)家に帰っていない。実情を知ってほしい」

<「ホームタウン」>
 2人は現在、町の生徒が通う加須市の学校と、いわき市にある町立の小中学校に1カ月交代で勤務する。
 町立学校で10月に開かれた文化祭。アンソニーさんは最前列で身を乗り出し、フィリップさんは遠目でカメラを構えた。「事故前より重要な役割になった。双葉の子どもがどんな学校生活を送っているのか。今、撮ることに意味がある」
 アンソニーさんは双葉の海辺に家を建てるのが夢だった。フィリップさんも英語塾を開き、ずっと住もうと思っていた。2人は今も、その日が来たら町民と一緒に戻ろうと考えている。
 「ホームタウンだから」と口をそろえる。


2015年11月28日土曜日

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