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鮮やかニットで福島彩る 古里再生に心寄せて

自作のニット服を披露する高橋さん

 福島県にUターンし、ニット服を専門に扱う会社を1人で切り回している女性がいる。川俣町の高橋彩水さん(31)。ことし5月、東京から帰郷し起業した。地方では首都圏の企業などがデザインした服を製品に仕上げる下請けの仕事が多いが、高橋さんはデザインをはじめ製作、販売まで全て手掛ける。東京電力福島第1原発事故が影を落とす川俣町。古里の再生に心を寄せながら「福島のニットにもっと光を当てたい」と奮闘している。
 川俣町で生まれ育ち、東京の大学で繊維を学んだ後、東京の大手アパレル企業に就職。ブランド服の販売に携わる中でニットの世界に魅了された。「他の服にはない斬新なデザインを表現でき、伸縮性が高いので着心地もいい」
 東京では分からない生産現場を見たいと思うようになった。福島県が屈指のニット産地と知り、伊達市の工場に再就職した。高い技術を学ぶ一方、発注元の企業に依存し、つぶれる工場が相次いでいるニット産業の現状を知った。
 「地方は受け取ったデザインを形にするだけという構図のままでは、いずれニット産業自体が廃れてしまう。ニットの新たな道を切り開けないか」。工場で3年ほど働いた後、専門学校で1年間デザインを学んでから地元に戻り、小さな倉庫に仕事場を構えて起業した。
 作ったニット服は「ラニット」のブランド名で、ウェブサイトや、取引のある東京のショップで販売している。「事業として成り立つかどうかはこれから。でも起業して、町の繊維業界の人などと多くの出会いがあった」。倉庫は外から作業場が見えるように改装中で、コミュニケーションスペースも設けるつもりだ。
 川俣町では東京電力福島第1原発事故に伴い山木屋地区が避難区域となっている。3年ほど前から同地区の仮設住宅の自治会に協力し、服を使ったイベントの企画も行っている。ことし10月の町の南米音楽祭「コスキン・エン・ハポン」では、来場者に古着の良さを感じてもらう催しを開いた。
 「服には人の心を弾ませ、地域を元気にする力がある。福島ほどそれが必要な場所はない。福島を思う人ともっと交流してアイデアを出していきたい」。真っすぐな思いは、沈みがちな福島を少しずつ明るくしている。


関連ページ: 福島 経済

2015年12月07日月曜日

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