宮城のニュース

<もう一度会いたい>喪失感 夫婦に溝生む

子を亡くした喪失感の生む負の感情が夫婦関係を波立たせる

◎(9)言い争いが絶えず

 仮設住宅に移って初めての年の瀬だったと思う。
 今野ひとみさん(45)=宮城県石巻市=は夫の浩行さん(53)に1泊の温泉旅行を持ち掛けた。震災で3人の子を亡くしてからどこにも行っていない。
 仮設の風呂は狭い。たまには広い湯船で脚を伸ばしたい。
 「俺は行かん。位牌(いはい)と遺影はここにある。子どもたちを置いて出掛ける気にはなれん」
 返事は素っ気なかった。
 旅の提案は夫を思ってのことでもある。毎日ふさぎ込んでいるから、気晴らしになるだろうと。
 厚意を蹴飛ばされた気がした。

<離婚の話も>
 「あんたのために言ってんだよ」
 「行くなら一人で行け」
 夫も言い返す。口げんかで収まらず、取っ組み合いになった。
 夫とはいえ、相手は大男だ。勝ち目はない。苦し紛れで110番した。
 こけ脅しのつもりだったので1回の呼び出し音で切ったが、逆探知され、パトカーが駆け付けた。
 お巡りさんに事の次第を話す。たっぷり油を搾られ、お引き取り願った。
 サイレン音を聞き付けた住人も集まって来た。「何でもありませんから」と罰の悪い顔で人払いする。
 けんかが絶えなくなった。
 普段なら聞き流せることも、気持ちがささくれ立っているせいか、いちいち気に障る。
 仏壇を作る作らない。
 「仏壇設けようよ。仮設で持っていないのはうちとあと1軒だけらしいよ」
 「そのうち新しい家を建てんだから。そん時立派なやつ設けるから今は簡易なので辛抱しろって」
 宗教に入る入らない。
 「知り合いに入会勧められたの。見込まれたら支部長にしてくれるって」
 「そんなうさんくさい話に乗れっか。この間もばか高い鍋買わされそうになったろ」
 毎度エスカレートし、決まって離婚話に発展する。
 「役場から届もらって来て」
 「ああ分かった。後悔しても遅いかんな」
 夫は役場の支所に取りに行き、自分の判を押して妻に渡す。

<法外な要求>
 「慰謝料6000万円。別れんならよこせ」
 妻が吹っ掛けてくる。
 「そんな大金あるわけねえべ」
 「だったらこの話は無しだ」
 妻は届をビリビリと破った。
 何日かしたら別の火種でもめる。
 夫はまたもらいに行く。前回と窓口が同じだと恥ずかしいから、違う支所にする。
 「6000万」
 妻は今度も法外な要求をする。
 「だから払えねえって」 届はごみ箱行きになる。
 この繰り返しだ。
 妻は実は夫と別れようとはこれっぽっちも思っていない。カッカとした勢いで別れ話を持ち出したはいいものの、収めるに収められなくなっただけだ。無理難題を突き付けて離婚話をご破算にし、結局夫をつなぎ留めている。
 そんな女心に夫は気付いていないのか、気付いていないふりをしているだけなのか。
 ひとみさんはまだ浩行さんに確かめていない。


2015年12月11日金曜日


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