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<私の復興>子どもの成長を実感

Farewell PARTYで、ふくしまキッズに参加した子に笑顔で言葉を掛ける進士さん=11月28日、郡山市

◎震災4年7カ月〜自然体験学校運営・福島県鮫川村 進士徹さん

 福島第1原発事故を受け、2011年夏から全国の自然体験学校などが連携して福島の子どもたちを受け入れてきた、夏休みや冬休み期間中の林間学校「ふくしまキッズ」。原発事故から5回目の冬となり、一つの区切りの時を迎えた。
 5年間の継続を掲げた活動だったこともあり11月28日、郡山市で「ふくしまキッズ Farewell PARTY(さよならパーティー)」が開かれた。
 これまでの林間学校に参加した福島の小中高校生や父母らが集い、お世話になった各地の自然体験学校関係者らとの再会を喜んだ。
 会場の各ブースを訪ね歩く進士さんに、あちこちから声が掛かる。
 久しぶりに会う子に笑顔で言葉を掛ける進士さん。パネル討論で登壇すると、「子どもたちが自分の意見を筋書きなしで堂々と言えるようになった。5年間の活動の蓄積は無限の成長につながる可能性を秘めている」と成果を語った。

 原発事故で外遊びが制限された子どもたちが伸びやかに過ごせる持続的な機会をつくりたい−。福島県鮫川村で自然体験学校を営む進士さんは、原発事故直後にそう思い立った。自然体験学校でつながる全国の仲間と手を携え、ふくしまキッズを始めた。実行委員会の委員長を務めている。
 「保養のため」とは位置付けなかった。「体験活動を通して『困難に向き合い生き抜く力を身に付けてほしい』とずっと言ってきた」と強調する。
 体が弱かった長男を大自然の中で療養させる目的もあって、進士さんは1988年に静岡県から鮫川に移り住んだ。
 農業をしながら自然体験学校を開いた。地域で生きる人々から山里の暮らしの知恵を教わった。原発事故が起き3月15日に妻の実家がある東京に避難したが、4日後に鮫川に戻った。
 「福島を離れたら、山里の可能性を信じてきた自らの生き方まで否定することになる」。鮫川に腰を据えて福島の子どものために尽くす具体的な手だてが、ふくしまキッズだった。

 ことしの夏休みまでに計13回のプログラムを組み、約4600人の福島の子どもが参加した。出会いや体験に魅せられ、何回も参加した子もたくさんいる。
 <多くの困難も貴重な経験だったと思いたい>
 <いま私にできることは福島の未来を考えること>
 Farewell PARTYで、子どもたちからはこんな発言が相次いだ。ふくしまキッズで得たものは、それぞれの子の心の中で着実に実を結んでいるようだ。
 原発事故から間もなく5年の節目となるのを機に、一連の取り組みから「支援」の意味合いを外す。運営体制などを見直し、自然体験を通した学びの場を引き続き提供していくことにしている。「支援だけでは子どもは育たない」との考えが根底にある。
 「(原発事故で)真っ暗なトンネルに押し込まれた状況の中で灯をともす工事を、自然体験学校はしたのだと思う。そこに光を求める子どもたちが集まった」。進士さんはこう語り、新たな年から始めるふくしまキッズの第2ステージを思い描く。(松田博英)

●私の復興度・・・55%
 ふくしまキッズに参加してくれた子どもたちは心身共に成長が目覚ましい。一人一人が将来への希望を見いだすことにもつながった。活動に関わる各地の人々にもプラスの効果をもたらしている。そうした意味で55%。残り45%はこれからやるべきこと。子どもを育む福島発の取り組みとして、福島の枠を超えたジャパンキッズのような活動にもギアチェンジしていけるのではないかと思う。


2015年12月11日金曜日

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