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<被災地の教師たち>アートで町を元気に

町の人口減少について説明する梶原さん。「子どもたちには、いつかは女川に戻って来てまちづくりに関わってほしい」と望む

◎(4)描く/宮城県女川町女川中教諭 梶原千恵さん

<人口減を授業>
 東日本大震災で大きな被害を受けた古里に光を照らしたい。宮城県女川町の女川中教諭梶原千恵さん(33)はその原動力として、アートの可能性を信じる。
 担当する美術の授業で11月27日、町の人口減少問題を取り上げた。
 3年生約40人を前に、教室の黒板に白墨で今の人口を書き込む。「6930名」。次に2060年の予想人口を記す。「3700名」。
 「美術で人口減少を直接止めることはできません。ただし、もっと生活が楽しくなったり、元気になったりするアイデアは出せる」
 アーティストは無から形あるものを創り出す。気付き、アイデア、発想…。そうした自ら創造する力を身に付けてほしい。暮らしを豊かにしてほしい。そう考えた。
 授業で採り入れたのが「デザイン思考」という手法だ。「身の回りの気になることは何?」「なぜ気になるの?」「どう感じた?」。家族や学校、自然などをテーマに、生徒は互いに問い、答えることを繰り返して課題を見つけ、解決策を練る。
 授業を受けた3年阿部慎之介君(15)は「デザインは不便な生活をより良くするための考え方」と捉えた。子どもたちは対話を通し、あいまいだった身近な事柄の輪郭を浮かび上がらせ、自分の未来、町の将来像を描くようになる。

<背中押される>
 梶原さんは女川町で生まれ育った。仙台市内の大学などを経て、震災の3年ほど前、郷里へ戻った。
 震災で町内の自宅は津波の被害を免れたが、祖母が外出先で犠牲となった。
 石巻市内の高校で非常勤講師を務めていた11年6月ごろ。震災で心に傷を負った生徒らにどんな授業をすればよいのか、悩んだ。
 女川町の福祉関係者に相談した。「美術の先生だからこそできることをやりなさい」。その助言に背中を押された。
 専門は木彫。学校の休み時間に一人で木を彫り、表札を作り始めた。津波で家を失った知人が、表札が見つかってうれしそうだった姿に発想を得た。
 「先生、何やってんの?」「自分もやりたい」。授業で生徒と表札作りに取り組んだ。
 ある男子生徒が不器用ながら一心に彫っている。完成した作品を手に「傑作だ」と胸を張った。男子生徒は震災で、目の前で親を亡くしていた。一彫り、一彫りに心に秘めた苦しみを刻んでいたのかもしれない。

<表札を仮設に>
 生徒たちと作った約100個の表札を、町内の仮設住宅に持って行った。入居者が喜んでくれた。移転先の災害公営住宅で使い続ける人もいる。
 梶原さんは休みには、町内で高齢者向けの美術のワークショップなども実践する。「美術が人や世の中の役に立つことを、被災地で実感しています」
 アートの力を生かし、女川をもっと元気にするための種を芽吹かせていく。


2015年12月13日日曜日


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