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<南三陸病院>津波、高台再建…14日開院

通院の支度をする千葉さん。1カ月後に迫った新病院での透析再開を待ち望み、カレンダーに印を付けた

 東日本大震災で被災した宮城県南三陸町の公立志津川病院が、南三陸病院に名を変えて高台に再建され、14日に開院する。来年1月18日に人工透析治療も再開される予定で、登米市の仮設住宅で一人暮らしをする透析患者の千葉一成さん(55)は「これで古里に戻れる」と待ち望む。入院中の母ひで子さん=当時(74)=と共に病院で津波に遭い、一人生き延びた。当初は医療環境に不安もあったが、町に帰ることに迷いはもうない。
 宮城県登米市南方町の仮設住宅の居間に掛かる12月のカレンダー。千葉さんは18日の欄に「あと1カ月」とペンで書き込んだ。南三陸病院が一般診療に続いて人工透析治療を再開するのは来年1月18日。その日に早速予約するつもりだ。
 腎不全のため7年前から透析治療を受けている。震災前、志津川病院は医師を確保できず透析治療を休止しており、町内の他の医院に通っていた。しかし震災で多くの病院が閉院。新病院は町内の透析患者のよりどころとなる。
 あの日、海から約400メートルの志津川病院にいた。悪性リンパ腫で療養中のひで子さんを看病していた。4階の病室で津波に襲われた。
 廊下から一気に濁流が流れ込み、天井と水との間はわずか数十センチ。千葉さんは立ち泳ぎをしながら右手でカーテンレールを握り、水面に浮いた母のマットを左手でつかんだ。「一緒に死んでもいいか」。マットに横たわる母に語り掛け、離れ離れにならないよう両手に力を入れた。
 津波が引いた後、ひで子さんの死亡が確認された。悲しみに暮れる暇もなく、千葉さんに命の危機が迫る。山形市の病院に入院するまで1週間は本格的な透析治療を受けられなかった。
 登米市の仮設住宅に移ってからは車で5分の通院で透析を受けられるようになった。随分と楽になったが、南三陸町に戻った後のことを考えると不安が募った。一時は妹がいる群馬県に引っ越すことも考えた。
 町が透析治療の再開を発表したのはことしになってからだった。11月下旬、落成した新病院の見学会に参加した。20床を備える透析の治療室は最新の医療機器がそろっていた。「雰囲気も温かみがあって、期待できそう」と安心した。
 千葉さんは新病院近くに来年秋完成する災害公営住宅に入ると決めた。町に帰ったらやりたいことがある。趣味の山菜採りや海釣り。治療を続けながら古里の自然を目いっぱい楽しみたい。そんな日々まであと1年だ。


2015年12月13日日曜日

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