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<被災地の教師たち>子どもと一緒に成長

バンダアチェの小学生に伝える内容について宮戸小の子どもたちと話し合う小鹿さん(中央)。「子どもたちの成長を感じられたとき、喜びがある」と話す

◎(5完)歩む/東松島市宮戸小教諭 小鹿朝絵さん

<ありのままに>
 宮城県東松島市宮戸島は石巻湾、松島湾に臨み、東日本大震災で大きな被害を受けた。島唯一の学校、宮戸小の教室で10日、教諭小鹿朝絵さん(24)が担任の5年生4人、6年生3人と膝を突き合わせ、模造紙を囲む。
 「何について伝えたいか書いてよ」「先生、写真は1枚でいいですか?」
 スマトラ沖地震(2004年)の津波で被災したインドネシア・バンダアチェの小学生に送る。津波被災地を結ぶ交流活動の一環だ。互いの文化や風習、生き方などを学び、未来を切り開く力を育む。
 5年生山内琴叶(ことな)さん(11)は「海山が周りにある事」を伝える。「宮戸は自然に囲まれているところが好き。アチェのいいところも知りたい」と返事を心待ちにする。
 宮戸にもバンダアチェにも大切な家族を津波で亡くした子どもがいる。
 震災から4年9カ月。幼かった宮戸の子どもも時を刻み、成長する。時折、震災当時の状況を口にすることがある。「山に登って小学校に行ったんだよ」「友達と一緒に逃げたんだ」
 小鹿さんはじっと耳を傾ける。「だんだん震災と向き合うようになってきた」と胸中を察する。その過程をありのままに受け止めよう、と温かく見守る。
 青森県に生まれ、小学校教諭の両親の背中を見て育った。小学生の時、父が勤務先の子どもから「先生、先生」と慕われる姿を見て、教師に憧れた。

<恐る恐る一歩>
 宮城県内の大学を卒業後の14年春、被災地の宮戸小で教員の道を歩み始めた。「子どもに好かれる先生になりたい」。描いていた理想像があった。
 初年度は2年生を受け持った。初任の学校、震災の記憶を秘めた子どもたち…。教師として恐る恐る踏み出した一歩。子どもの様子で気になることがあっても、怒ることができなかった。2学期。教室に落ち着きがなくなってきた。
 「先生に向いていないのかな」。心が揺らいだ。「思った通りにやっていいんだよ」。ベテランの先生の励ましが支えになった。父は「悩むのは当然だ」と言う。「子どもの本音を受け止めてほしい」と望む保護者もいる。
 小鹿さんは葛藤の末、気付いた。子どもと正面から向き合ってこそ信頼を得られる、と。叱るときは叱り、後に優しく接する。その姿勢は被災地でも、被災地でなくても同じだ。

<経験 貴重な糧>
 児童18人が通う学びやは本年度で閉校し、142年の歴史に幕を閉じる。小学校は復興途上にある島の人々の心のよりどころになってきた。
 10月にあった最後の学芸会。終盤、児童と保護者、宮戸小出身の住民ら約70人が、全員で「ふるさと」と校歌を合唱した。会場のあちこちで涙がこぼれた。ピアノを弾いた小鹿さんは一体感に胸を打たれた。
 残された時間も大切に過ごそう。被災地の小さな学校での経験を糧に成長していきたい。そう心に誓う。(石巻総局・水野良将)


関連ページ: 宮城 社会

2015年12月15日火曜日

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