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<もう一度会いたい>他人任せにできない

裁判所の現場検証に立ち会う浩行さんとひとみさん(中央の2人)=11月13日、石巻市大川小

◎(13)息子の代弁 法廷で

 冷たい秋時雨が黙々と作業に精を出す人たちの雨がっぱをぬらす。
 11月8日。宮城県石巻市大川小。
 航空写真と三角スケールを頼りに側道を測量し、ビニールひもを張り巡らす。
 朝から降っている。吐く息が白い。
 避難経路を復元する作業だ。5日後に裁判所の現場視察が予定されている。
 作業の主は児童の親で裁判の原告。74人の子が避難中に津波にのまれ、絶命した。
 今野浩行さん(53)と妻ひとみさん(45)の姿もある。長男で6年の大輔君=当時(12)=を亡くした。
 裁判は児童23人の19遺族が市と宮城県に損害賠償を求めた。提訴日は2014年3月10日。時効完成の前日だった。

<最後の願い>
 地震発生から津波到来までの50分間、子どもたちはなぜ校庭に留め置かれたのか。なぜ津波の来る川に向かって避難誘導されたのか。
 親の望む真相解明は市教委の説明会でも市の第三者検証委員会でも進まず、最後の願いを法廷に託した。
 石巻市では震災で24の小中学校が浸水した。この中で先生の引率中に子どもが津波に巻き込まれたのは大川小だけだ。他校は全員助かっている。
 検証委員会は事故の一因について日頃の防災体制の不備を挙げた。
 浩行さんは思う。
 防災体制がいいかげんなのは実はどの学校も似たり寄ったりだ。それでもほかの学校は先生が機転を利かせて裏山に避難させている。裏山は大川小にもあった。他校にできてなぜ大川小にできなかったのか。その訳を裁判で知りたい。
 裁判は起こしたら起こしたで厄介ごとを抱える。それも本筋以外の所で。
 「子どもが死んで金が入ると喜んでいる」
 「義援金を裁判費用に充てている」
 ネットに心ない言葉が書き込まれた。心のゆがんだ者の標的にされる。
 「1000年に1度の巨大津波。襲来は予想できず、事故を防げなくてもやむを得なかった」
 法廷でも市は変わらず津波の予見可能性を否定する主張をしている。
 裁判はとどのつまり、予見可能性の有無をめぐる攻防に収束されている。判決もこの一点でジャッジするだろう。

<真相どこへ>
 だとすると。
 真相解明は裁判でも置き去りにされる可能性がある。
 大人で唯一の生存者で真相解明の鍵を握る教務主任の先生も、精神的に参って尋問不能の状態が続いている。
 勝訴したとしても気が晴れないかもしれない。
 浩行さんは心の準備を始めている。
 現場視察当日。
 裁判官がひもで仕切られた避難経路を歩き、避難状況を体感する。
 その後を親が付いて回る。自分たちでよみがえらせた仮想の道を足で確かめながら。
 原告本人が裁判の現場復元作業を弁護士や業者任せにせずに直接関わるのは珍しい。
 浩行さんは当事者としてできる限り裁判に打ち込むことが息子の代弁をすることだと考えている。


2015年12月17日木曜日


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