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<回顧みやぎ>生活の基盤 住民手作り

「娘には苦労を掛けています」と苦笑いする藤原武寛さん(右)と真生さん=気仙沼市南郷の市営南郷住宅

 東日本大震災から5度目の年の瀬を迎えた。2015年、紙面は復興の多様な姿、自然災害や事件、選挙などのニュースでにぎわった。そのとき、記者は何を感じたのか。それから、出来事はどこへ向かったのか。最前線に立った記者が振り返る。

◎(1)災害公営住宅の生活始まる(気仙沼)

<そのとき>
 コミュニティーは誰がつくるのか。ことし災害公営住宅の入居が始まった宮城県気仙沼市で、ある人との出会いがなければ間違いに気付くことはなかっただろう。
 8月に開かれた市内第1号の災害公営住宅「市営南郷住宅」の入居者の会合のこと。1月に入居が始まり、7月に発足した自治会が食事会を催していた。
 参加した40人は、自治会の設立総会の時とほぼ同じ顔触れだった。市中心部の大川沿いに3棟ある集合住宅には約150世帯270人が暮らしている。自治会長の藤原武寛さん(50)に「参加者が増えないのは心配ですね」と聞くと、思わぬ答えが返ってきた。
 「こんなに知り合いができて心強いですよ」
 「自治会がもっと人集めをしたらいいのでは」と続けると、藤原さんは「いえ、強制することがコミュニティーづくりではないですから」。目を見詰めながら、きっぱりと言った。

<それから>
 「自治会の役員を動かして、仲間を増やして、入居者をまとめなさい」
 外部からよく言われる言葉だと、後日、藤原さんが教えてくれた。
 市営南郷住宅には各地から被災世帯が集まり、地縁が薄く、集合住宅に不慣れ。「コミュニティー形成は自治会がけん引すべきだ」というのは記者も同じ考えだったが、藤原さんは違う。
 月1回の掃除の日も出る人は20人そこそこだが「ああしろ、こうしろ」と無理強いはしない。お互い意見が言いやすいフラットな関係で一人一人が考え、思いやりを持って行動することに期待している。住民意識の高まりこそがコミュニティーと考えるからだ。
 自治会長はそのための裏方仕事。職場の理解をもらいながら住民の相談、役所との会合、書類書きに追われる。回覧板や掲示物も自作。認知症や救急救命の講習会を開き、高齢者サロンが二つもできた。
 「体調が心配。お父さん、もう自治会長を辞めたら」と大学受験を控えた一人娘の真生さん(18)。忙しすぎて父子家庭の2人が一緒に食事する回数も減った。藤原さんは「ここに入った人は皆、つらい経験をしている。今のうちに生活の基盤を良くしたいから。協力してくれる人に感謝の気持ちしかない」と笑う。
 生まれたばかりのコミュニティー。構成する入居者全員が、同じ屋根の下で初めての正月を迎える。(気仙沼総局・高橋鉄男)

[メモ]気仙沼市は2017年5月までに東日本大震災の被災者向け災害公営住宅を28地区2133戸で建設する計画。うち集合住宅タイプは1321戸、一戸建て・長屋タイプは812戸。15年は完成時期の遅れが3度発表されるなど工事は難航するが、12月末までに9地区453戸(21.2%)が完成し、被災世帯が新たな生活を始めている。


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2015年12月19日土曜日


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