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<復元オオカミ絵>絆と歴史断ち切られ

オオカミのこま犬の前で語り合うワーンさん(左)と、加藤さん(中央)ら=2013年11月、福島県飯舘村佐須の山津見神社

◎失われた遺産 絆がつなぐ(上)突然の焼失

 東京電力福島第1原発事故のため全村避難中の福島県飯舘村で、2年前に焼失した山津見神社のオオカミ絵がこのほど復元された。膨大な予算の事業でなく、住民と支援者の不思議な縁がつながった協働の成果だった。一度失われた土地の文化や心、絆の象徴を再生した出来事を振り返り、支援や復興の意味を見つめ直したい。(編集委員・寺島英弥)

<避難中を悔やむ>
 火災が起きたのは2013年4月1日早朝だった。
 原発事故で全村避難中の福島県飯舘村にある山津見神社。変事の報を、地元佐須地区の人々は福島市飯坂温泉で聞いた。避難生活中の住民の総会が前夜催され、会場の宿に泊まり合わせたのだ。
 「車で神社に着いたのは1時間後。鎮火はしたが、拝殿も宮司の家も焼けていた。真っ白になった頭に、『奥さんの遺体が見つかった』と消防団の声が聞こえた」。氏子総代の菅野永徳さん(75)は振り返る。
 亡くなったのは久米隆時宮司(84)の妻園枝さん=享年(80)=。佐須の64世帯の全戸が氏子だ。原発事故後も心のよりどころになれるように、と宮司一家は神社を開け、日参していた。
 「原発事故、避難生活がなければ、皆がすぐ駆け付けた」。住民たちはそんな痛恨の思いを抱えながら、1週間通って片付けの作業をした。「歴史が断ち切られた気がした。山津見神社があって、暮らしも文化もあった」と永徳さん。
 佐須の一年は正月の「村祈祷(きとう)」で始まり、住民が神社に集って家内安全のおはらいを受ける。盆は先祖供養のお札を受け、旧暦9月は水神の幣束、年末は「かまど」神の幣束をもらう。避難生活中の葬式も、禰宜(ねぎ)が避難先の葬祭場に出向いて拝んでいる。
 絆を一目で伝えるのは家々の玄関に貼られた火難盗難除(よ)けの護符だ。そこに描かれているのがオオカミ。山津見神社がまつる山の神の使いであり、こま犬もまたオオカミの姿だ。

<豪研究者が記録>
 火災が起こる前、その信仰の場を訪ねてきた研究者がいる。和歌山大観光学部教授の加藤久美さん(55)とオーストラリア人の特任助教サイモン・ワーンさん(59)だ。
 2人は地域の文化、環境を観光や地域再生に生かす活動をし、1905(明治38)年、奈良県での捕獲を最後に絶滅したとされるニホンオオカミも研究する。
 「オオカミは自然と人との関わりの象徴。各地に残る信仰から失われたものを再発見し、取り戻せないか」と調査を重ね、山津見神社の「絵」の存在を知った。
 それは拝殿の天井を埋めた約237枚のオオカミの絵。民俗資料、文化財として知られておらず「わずかな文献の記述を読んだのが、縁の始まりになった」と加藤さんは振り返る。
 調査の願いを快く受け入れたのが園枝さんだ。12年末に加藤さんらが初めて目にした際、「絵が傷んで保存状態が良くないの。何の記録もないし」と行く末を心配していた。2人は翌年2月に再訪し、写真家であるワーンさんが全部の絵をカメラに収めた。
 「園枝さんのために、現状の姿をデジタル保存し、急いで写真集を作った。見てもらおうと届ける矢先、神社の全焼と園枝さんの死を聞いた。衝撃だった」

[山津見神社]約900年前、奥州に来た源頼義が橘墨虎という賊を山の神の使いである白いオオカミの先導で討ち取った。墨虎がこもった山を頼義は虎捕山と呼び、山の神をまつったという縁起があり、オオカミがシンボル。狩猟、林業や鉱業の神、田の神、酒造りの神、安産や良縁の神、海幸の神でもある。


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2015年12月19日土曜日


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